
すくすくと育つ朝顔の蔓が絡まるのは誰の骨かしら。
「わたしの骨だと好いな」
「模範解答、育ちが良すぎるわね」
寂しい時に絡まるのは誰のあし。
「かわいいこのあし。」
「悪い子ね」
「悪い子でけっこう。わたしはかわいい子が好きなだけ。正直に生きているって言うのよ」
「ねえ、あの遊びしない?」
「どの?」
「人間失格の、あの遊び。トラ、コメ。トラジェディ、か、コメディか」
「私が最初ね。安定剤」
「んー、コメ!」
「正解、かな」「じゃあ、珈琲。」
「トラ。」
「なんで?」
「黒いから。」
「ふふん。苦いからって言わないのがあなたらしいわ」
「はさみ。」
「トラのコメ」
「あはは」
「余命」
「コメ」
「ふふ。」
「人生」
「コメ!」
「きゃあ!」
「どうしたの?」
「ほらあそこにナルコレプシーが転がってるわ。コメ!」
わたしたちの遊びは彼女が眠るまで続いた。彼女は眠るとき、一呼吸おいて、砕けるように眠る。彼女の寝顔は不思議な寝顔だった。彼女は眉間に皺を寄せて眠る。そしてそれが恥ずかしいかのように、寝返りを打って、うつ伏せになり枕に突っ伏して眠るのだ。
わたしがその一部始終を見ている間、わたしの胸には何か温かい雫が喉を通って落ちていった。温かいものが溶けてゆっくりとほどけていくような感覚があった。この胸の感覚はなんだろうとわたしは自分に問うた。温かさが胸のしたみぞおちあたりから、手先と足先にむかってじんわりと広がってゆく。
彼女と初めて会ったのは、渡月橋の見える河原だった。
「来てくれたのね」
「うん、来ちゃったよ」
「ありがとう」
彼女は自然に私の手を握った。その瞬間に、わたしのからだのなかを今まで味わったことのない電流が駆け巡った。電流と云うのは比喩ではなく、本当に電流だった。電流は頭の頂上までいって弾けた。わたしは脊髄はこのためにあると得心した。
日常的なことではないが、ときどき、自分自身が彼女のいる場所がわたしのいる場所であっていいのだろうか、と疑問を持つことがある。なぜって、彼女はまるで赤子の様にわたしを濁りなき目で見つめるから。そして同時にわたしは自分の思考が恥ずかしい場所に埋められたうえで、なお混沌とした欲求を彼女に対して抱いていることが手に取るようにわかってしまう。
おままごとの遊びではない。わたしはわたしであることがコンプレックスなのだ。ゆえに、わたしと同じ性質を多く持った彼女を濁ったまなこで凝視せずにはいられない。
「じゃあ、わたし」
「うーん……」
「そのくらい逃げたら?」
「はは、そんなこといっちゃうのね」
「あたしはずるいからね」
冬になって、まわりの樹が禿げたころ、山奥の廃墟となって通行止めのトンネルに二人で入った。
入ってみると暗くて何も見えない。スマートフォンの明かりをつける。
「別に何ともないね」
「どうかしら」
彼女は心細げに手を伸ばしてくる。そういうところ。そういうところよ。
二十メートルほど進んだ頃、彼女が突然「わっ!」と叫んだ。
彼女の大声で私も驚いてしまった。
「なによ、びっくりしたじゃない。なんかあったの」
「今、背中を塗れた布で触られた気がした……」
「物の怪?」
「そうかも……」
「戻る?」
「うーん。」
「行きましょうよ。まだここからでしょ。山の向こうの温泉まで抜けようって言ってきたんじゃない」
「うん……」
「じゃぁ、関係のない話をしてあげましょう。人間って死人の事を指す《死者》の『者』っていう字使うでしょう。物体は《食べ物》の『物』を使うでしょう。これらふたつの《もの》、同じ読み方をするの何でだか考えたことある? それはね、この二つの《もの》が交換可能だからよ、ちょっと難しかったかな。考えてみて。」
「ええと例えば、『物でいっぱいちらかっている』って言ったら《もの》が変化して『者がいっぱい散らかってる』……『この者は自律神経失調症である』が『この物は自律神経失調症である』っていうふうに……?」
「そうそう、だから、人間と機械と石はおなじ《モノ》なの」
「え、じゃあ幽霊は?」
「もちろん《モノ》よ。見えないモノね。」
「じゃあ、ゾンビ」
「見えるモノ。石ころと同じよ」
あくる日、彼女は学生服を着て、わたしの前で逆立ちした。スカートがめくれて下着が見えてしまった。とってもかわいかった。
「あ、わたしのために、逆立ちしたの?」
「ううん、いつものことよ。」
佐藤 相平 投稿者 | 2025-11-12 12:39
百合ホラーという仄暗い世界観が良かったです。冒頭の「すくすくと育つ朝顔の蔓が絡まるのは誰の骨かしら」からのやり取りに色気があります。また「彼女は眠るとき、一呼吸おいて、砕けるように眠る」という表現が印象に残りました。最後の「モノ」についての意味深な会話は理解しきれてはいませんが、「見えるモノ。石ころと同じよ」で作品を終わらせるのは見事で、あえて読者を突き放すような姿勢に強さを感じました。
眞山大知 投稿者 | 2025-11-14 13:34
この仄暗さ、癖になりますね。言葉のセンスも美しい。この二人がどんな冒険をしていくのか続きがとても読みたくなりました。
河野沢雉 投稿者 | 2025-11-15 19:15
「砕けるように眠る」という言い回しが印象に残りました。
幻想的な光景が頭に思い浮かびます。
曾根崎十三 投稿者 | 2025-11-15 21:52
耽美な世界観ですね。レトロ耽美。ハイカラな。
京都が舞台なんでしょうか。
渡月橋って日中はすごく賑わってるけど、夕方以降店が皆閉まってしまった後って静かですよね。そういう場面に現れた少女2人の気がしました。
諏訪真 投稿者 | 2025-11-22 15:50
トラ、コメのところのシーン、なんか好きです。