高校卒業と同時にバイトしだした国道のバイパス沿いのネカフェで、ソフトクリームマシンを清掃していた金曜夜十時、俺は度肝を抜かれた。隣のソフドリマシンの前にイーロン・マスクが立っていたのである。お客様に向かって失礼だが、思わず「……は?」と声を漏らしてしまった。
イーロンはマシンの操作方法がわからないのだろう、黒いMAGAキャップをかぶった頭を何回も傾け、「DOGE……」とか「Hard Work……」とぶつぶつ独り言をつぶやき、こめかみに青筋を立てて、アイマスの漫画を持つ左手はぷるぷる小刻みに震えていた。
――こんな何もないロードサイドの、ハローマックの成れの果てのネカフェに、なんで世界一の大富豪がいるんだ? わけがわからなかった。
イーロンの向こう側、個室ブースからは男女の喘ぎ声とともに、ぱちゅぱちゅというアレを叩きつけるような音と、くちゅくちゅというアレをかき回すような音が聞こえ、ブースの間の狭い通路を、目が窪みきった中年サラリーマンたちが、手にコミックとコーラの入った紙コップを持ちながら、ゾンビのように徘徊していた。
今日はバイトの数が少なく、おそらく数十分後に個室を清掃しなければいけない。部屋に落ちているコンドームだけで腰蓑が作れそうだ。掃除したくねえなと思っていると、イーロンは俺に顔を向けて、「Hey, You!!」と怒鳴ってきた。俺はソフドリマシンの操作方法を教えようとスマホを取りだし、Googleの翻訳機能を開いたが、画面を見ていたイーロンが急に悲しげな表情をした。機転を利かせてGrokに翻訳させたらイーロンは「You are DOGE Kids……」と言って、右手で黒キャップをくいくいさせてから、カップをマシンの下に置き、何の迷いもなくコカ・コーラのボタンを押した。マシンからはコカ・コーラがぷしゃあと勢いよく注がれた。
あ、イーロンはコカ・コーラ派だったんだと思いながら、さっさとソフトクリームマシンの掃除を終わらせないとバイトリーダーに注意されそうなので、俺は急いで拭きあげるとバックヤードへ戻っていった(後で知ったのだがイーロンはコカ・コーラ社を買収しようとしたことがあるらしい)。
バックヤードへ入る。長机にいる二歳年上のバイトリーダーは、就活に向けてだろう、SPIの参考書を読んでいたが首をあげて「お、掃除終わった? じゃあ、ポテト揚げておいて」と言ってきた。この店のフライドポテトは美味しく、ひっきりなしに注文が来る。
「ちなみに注文はどの部屋からです?」
「120番」
「了解です」
手を洗い、冷凍庫を開ける。冷凍ポテトの袋がぎっしり詰まっていた。ポテトはハインツのクリスピープレーン味。袋を取りだしてフライヤーの前に立とうとしたが、ふと気になってデスクの横のモニターに目線を向けた。
監視カメラの映像が表示されるモニターには、120番の部屋の内部が映っていた。鍵付きのペアフラットシートの個室で、全国チェーンのこのネカフェでは普通、個室にはカメラはついてないが、なぜかこの部屋だけにはカメラが設置されていた。
――個室にはイーロン・マスクが入っていた。MAGAキャップをまだかぶっているイーロンは、フラットシートにごろりと寝転がって漫画を読んでいたが、突然何かを思い立ったように漫画をパソコンの脇に置くとニヤリと笑った。
イーロンはおもむろにズボンに手をかけスラックスとパンツを脱いだ。イーロンのイーロンがむき出しになった。イーロンはそれを握ると、ハードなテンポでしごきはじめた。監視カメラにはマイクもついているのだろう、モニターのスピーカーから、やや割れた音でイーロンの喘ぎ声が聞こえる。
「Doge…… Doge…… To the Mars……」
イーロンの顔は赤く染まっていく。俺は画面から目を逸らせなかった。
「どうした?」
バイトリーダーが聞いてくる。
「イ、イーロン・マスクが……」
俺は画面に指をさす。
「あれ、知らなかったんだ。イーロンはウチにお忍びで来て、ああやってシコっていくんだよ。言っておくけど、絶対にXで拡散すんなよ。炎上されたら俺の就活に響くし。まあ、とりあえずポテトを揚げるのはシコり終えたあとでいいかな」
バイトリーダーはあくびをして、再び参考書を読みだした。
再び画面を見ると、木製の扉からノックする音が聞こえた。イーロンは動きを止め、スラックスだけ履くと扉を開けた。――あろうことか、扉の外にいたのは、ドナルド・トランプだった。トランプは赤いMAGAキャップを自慢げにくいくいとさせていた。
俺はおかしくなってしまったのか?
「なんでトランプがいるんですか?」とバイトリーダーに質問する。バイトリーダーは「ああ、トランプはイーロンの連れオナ仲間だよ」と即答した。
アメリカ合衆国大統領はイーロンの肩をポンポン叩くと、靴を脱ぎ、扉を閉めた。トランプはフラットシートの下に丁寧に靴を置くと、ズボンを下ろし、右手を振りあげ、勢いよく下ろしたその右手でトランプのトランプを握りしめた。
「Good deal…… Fake News……」
トランプがつぶやく。黒いMAGAキャップをかぶったイーロンと、赤いMAGAキャップトランプが己のイチモツを激しくしごく。二人のしごきあげるスピードはまさに世界一の権力者と大富豪にふさわしく、超絶ハードスピードで、やがて監視カメラの撮影スピードを超したのだろう、二人の手は見えなくなってしまった。
俺は一体何を見せられているんだ?
はあはあと息をあげる二人の顔は紅潮し、目を閉じた二人は顔面を天井へ向け――「「MAKE AMERICA GREAT AGAIN!!!」」と絶叫した。
刹那、二人の股間からおそるべき量の白濁液が噴出され、個室のなか一面に飛び散った。パソコン、スピーカー、デスク、小さいゴミ箱、フラットシート。すべてにべったりと精液がつき、だらりと垂れていった。当然、監視カメラにも飛び散り、画面の半分が、白く濁ってしまった。
オナニーが終わったからさっさとポテトを揚げないといけない。俺は画面から視線を外し、袋を開けようとフライヤーのそばのハサミを手に持った。その瞬間、モニターからおぞましい叫び声が聞こえだした。すぐにモニターを見る。画面のなかで青ざめるイーロンとトランプ。二人はデスクの下の暗がりを指さした。暗がりから、黒く、触手がうねうね這い出てきた。
触手はぴたりと止まる。先端がぱっくり開く。にちゃあという音とともに裂けた触手は一気にイーロンとトランプを飲みこんだ。イーロンとトランプはなにやら言葉を発したようだったが、触手が一気に暗がりへひきずりこんでしまって最後まで聞くことができなかった。――二人の姿は消えてしまった。精子まみれの120番の部屋には、二人のズボンとパンツ、それにMAGAキャップだけが残されていた。俺は慌てふためきながら「どうしましょう、これって警察に通報しないと……」とバイトリーダーへ言った。
バイトリーダーはフリクションペンの尻で参考書の書きこみを消しながら「ああ、いつものこと。あと、警察に通報しても意味ないよ。映像を見せても信じてもらえなかったから。たぶん、いまごろホワイトハウスに戻ってるはずだろうし大丈夫だよ」と言うと、「120番さんのポテト、注文キャンセルで」と言葉を足した。
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