群馬県、車キャッスルに行った話

猫が眠る

エセー

2,306文字

群馬県にあるいかがわしい店に弟と行った。記録


俺は昨日、三つ下の弟を連れて、1時間半かけて、群馬県にある『車キャッスル』と云う建物の前に行った。
弟が事を分かって着いてきているのかは、分からないが、どうも一般には秘匿されて分からない、いかがわしい施設とのことだった。
俺は目の前の城のハリボテというより、ラブホのハリボテ、つまり広い一戸建ての両脇に城を絵に描いた壁を立てているだけの建物を眺めた。逆にこの見た目がふさわしく感じる。
振り返ってみると、地主らしき立派な家がある。この地主の物好きが建てたものかもしれぬ。
「入るか。」
弟に尋ねる。この問いに意味があるかどうかは、分からない。
「……。」
案の定、沈黙。
俺は心を決めて『車キャッスル』に入ることにした。しかし、何があるというのだろう。
そう思案していると、二十代の女性が三人が、これが、如何にも水商売でございのであれば、違ったのだが、普通の会社勤めか、大学生かの、いわゆる『健全な』二十代女性三人組が楽しげに、聞き覚えのある化粧品メーカーの名前を
「……のアイシャドウがいいの」
「えー。私は……の方が好き。」
「てかさ、もう中国系ブームって終わったん?」
などと『おしゃべり』しながら、その暖簾をくぐって……暖簾?
扉の前に暖簾がある。なんだここは。城のハリボテのラブホのハリボテの一軒家に、暖簾。
しかしここまで、そこそこの時間かけて来たのだから行くしかあるまい。しかも、『健全な』二十代女性三人組が入ったのだ。行くしかあるまい。
俺は、弟は弟の意思に任せるとして、ひとり暖簾をくぐった。
暖簾をくぐると、障子がある。玄関に、障子。
障子を開く……と、靴脱ぎ場があり、その先が畳部屋になって……いればいいのだが、そうではなかった。
部屋の形は、靴を脱いだところから、右左に奥行十メートルほど、幅四メートルに広がり、左側はさらにそこから左に折れて、奥行があるように見える。
形は、こうである、こうであっていい、が問題は、中身である。
幅四メートルのうち、一メートルは、プールである。信じられないかもしれないが、本当に水色の透き通ったプールが広がっているのだ。しかもなかなか深い。
床は畳であり、これは、すぐに畳がダメになることが分かるのだが……。
幅四メートルのうち、一メートルがプールなので、残りは左右それぞれで一・五メートルの畳の通路である。そこに、所狭しとプールサイドにあるようなプラスチックの椅子とテーブルがある。
観察していると、先に入った三人組のうちで、一等麗しい女性から声をかけられた。
「ここ初めて? なるほどね。ルールがあるから守ってね。はい、竹筒。これを常に持っているのがルール。プールに入れてもいいわよ」
どうやら常連のよう?
俺は渡された竹筒を手に取った。竹筒は直径十センチはあり、長さは二メートルはゆうに超えている。
まあ、それは、さておきだ。仮にも『いかがわしい』空間で、二十代の見目麗しき女性と、状況を共にするというのは、何を期待してもおかしくあるまい。
次第に、示し合わせたかのように、男女が入ってくる。しかし、カップルという訳でなく、ひとりずつ入ってくる。
「ん?」
女性……と思っていたが、女装男性もいるようだ。……というか、女装男性が、ほとんどではないか。
大方、テーブル席が埋まったところで、初めの女性三人組は、出ていった。なるほど、客寄せだ。
俺が座った席は、四人席だ。どうやら、斜向かいの人間は女性だ。確実に女性だ。何がここで行われるのか、まだ定かではないが、なんであれ、合コンのようなものなら、相手として好ましいのは彼女だ。目の前の女装男性よりはいい。彼女に話しかけようと思ったその時──弟が後ろから割り込んできた。建物に入ったのにも気づかなかった。
「あなた、綺麗ですね。」
ちぇっ。お前の人生、今までそんなこと口にしたことないだろう。寄りにもよってこんな時に。というか、こんな時だからか。あぁ……。
俺は諦めて、向かいの女装男性、恐らく二十才くらいと思われる、に話しかけた。
「ここ初めてですか?」
「ええ、初めて。」
あまり会話も弾まないうちに、周りは(弟も含めて)盛り上がってきてる。
なんだか、異様な空気になってきた。よく見ると、女性だと思ってたのも、全員女装男性だ。
盛り上がりきった二組が、二つのトイレに駆け込む。
すると、どこから出てきたのか、五十代ほどの女性(この方は間違いなく女性)が、
「困ります! お客さん、困りますよ!」
と、トイレを開け放つと、ぎょっとするような大変な光景が広がっていた。
二組とも同じ格好だ。
男役がトイレの段に登って、下に女装男性がいる。二組、二人とも、下半身を露出させ、上に跨るようにした男が小便をして、それを、女性役の男性の性器にかけている。女性役の男性の性器は隆起して、その筒で液体を吸い取っているように見える。
俺は目を背ける。なんでこんなとこに来ちまったか。ああ。
俺は入口の方に帰りかけると、先の五十代の女性が俺に話しかけてきた。
「ちょっと待ちな。まだ話があるんだよ」
「なんですか」
女性は被りを振ると、
「その竹筒ね、中見えないと思うけど、米がいっぱいに詰まってるのさ。それ食べるまでは、帰ることは許されないわ。」
直径十センチ、長さ二メートル以上の竹筒、の中に米。なんだそれは。
女性は続ける。
「ここは元々ね、相撲部屋だったんだよ。ここで、高とつく力士はほとんどが、育ってるのよ。例えば、」
「高見盛とか?」
「まさに! 彼らね、一日五食だけどね、一食ごとに、その竹筒の米五本食べるのよ。」
信じ難い。俺は竹筒の先を見つめた。
一つだけ合点がいったことがある。何故ここが、畳なのか、ということ。以上。

2024年1月28日公開

© 2024 猫が眠る

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