雨とは、冷却されて凝結した微小な水滴が雲を形成し、雲の中で成長した滴が重力により落下する降水現象だ。
ある任意の地点に雨粒が降るか降らないかは偶然が決定する。
地上には、いわば雨粒が落ちるかどうかの確率空間の霧が漂っている。硬くて瑠璃色の霧だ。霧の偶然によって、水滴が雨粒として成立するための閾値を超え、雨粒のためのお膳立てされた路が作られる。
空中に敷設された一つ一つの雨粒のための溝渠。別の路を通ってもよかったはずの雨粒がまさにこの路を通るのは、別の運命をも同時に孕んでいたあの雲から切り離されたからだ。雲から切り離された雨粒が運命路を走る。
地面は、雨に立ちはだかる横倒しになった巨大な壁だ。雨粒の目的地は地面ではない。地面のもっと奥深くにある安心できる場所まで落ちていきたいのに、地面がそれを阻む。雨は地面が憎いのだ。
大量の雨雲がジャングルを巡回しているのだが、雨が止んだところからすぐに蒸発してしまうのでジャングルの全体が同時に潤うことは永遠に来ない。
蒸発した水分はあたりを湿気で覆い、あまりの蒸し暑さに生き物たちの時間はゆっくりになる。暑く、蒸し暑く、皮膚は常に濡れ、漫然としない不快感が空気を覆い尽くす。
雨が止む。雨が止むと、すぐに別の方向から雨雲がやってきて雨を降らせる。雨が降って雨が止み、雨は蒸発して別の雨雲が雨を降らす。全身を囲う水態がめまぐるしく切り替わり、空気を感じる皮膚感覚は神経質な混乱の中に投げ込まれる。
ごくたまに、巡回する雨雲の綾の偶然で一時間以上雨が降らない地帯が発生する。蒸発のあとにやってくるのは乾燥で、さらに三十分以上雨が降らなければ、極度の乾燥と熱によって植物が発火する。二時間が過ぎればそこには炭化した草木だけが残る。土壌が雨の侵食をふせげるのは、植物の根があるためだ。炭化した地帯は植物の根がゆるみ、土壌もゆるみ、新たな種子がその場所に根を下ろすのが阻まれる。一度土壌がゆるんでしまえば再び植物が生えるまでに時間がかかる。一度でも植物が生えなくなる境界を超えてしまうと生えるのが難しくなる。雨雲の綾の偶然が草木を炭化させたように、再び植物が生えるためにも雨雲の綾の偶然が必要なのだ。それらの偶然によって、ジャングルの中に植物が生えない地帯が散発的に発生する。ゆるみ切った地面は踏みしめがたく、歩けば体力が奪われる。転んでしまえば立ち上がるのに時間がかかり、さらに体力が奪われる。
通ってはいけない呪われた場所だ。
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