巻16(198)滝口道則、転生する事

合評会2022年09月応募作品

わく

エセー

4,021文字

滝口道則は宇治拾遺物語のスーパーヒーロー。
お×ん×んを消すという恐ろしい術をかけられたにも関わらず、この術にいたく感動して、自ら術をマスターしたいと願う最強のセンスオブワンダーの持ち主。

(ほぼコピペのせいか)強力な各文体には全く歯が立っておらず、飲み込まれ同化させられてしまっています。

くだらないので、原文を読んだほうがいいのかなとも思いますが、ご笑覧いただければ…。

 勘定して見ると奥さんがKに話をしてからもう二日余りになります。その間Kは私に対して少しも以前と異なった様子を見せなかったので、私は全くそれに気が付かずにいたのです。彼の超然とした態度はたとい外観だけにもせよ、敬服に値すべきだと私は考えました。彼と私を頭の中で並べてみると、彼の方が遥かに立派に見えました。「おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ」という感じが私の胸に渦巻いて起りました。私はその時さぞKが軽蔑している事だろうと思って、一人で顔をあからめました。しかし今更Kの前に出て、恥を掻かせられるのは、私の自尊心にとって大いな苦痛でした。

 私が進もうか止そうかと考えて、ともかくも翌日まで待とうと決心したのは土曜の晩でした。私は今でもその光景を思い出すとぞっとします。いつも東枕で寝る私が、その晩に限って、偶然西枕に床を敷いたのも、何かの因縁かも知れません。私は枕元から吹き込む寒い風でふと眼を覚ましたのです。見ると、いつも立て切ってあるKと私の室との仕切の襖が、この間の晩と同じくらい開いています。けれどもこの間のように、Kの黒い姿はそこには立っていません。私は暗示を受けた人のように、床の上に肱を突いて起き上がりながら、Kの室をのぞきました。洋燈ランプが暗くともっているのです。それで床も敷いてあるのです。しかし掛蒲団は跳返えされたように裾の方に重なり合っているのです。そうしてK自身は一糸まとわず仰向けに天井を見つめているのです。

 私はおいといって声を掛けました。しかし何の答えもありません。おいどうかしたのかと私はまたKを呼びました。それでもKの身体はちっとも動きません。私はすぐ起き上って、敷居際まで行きました。そこから彼の室の様子を、暗い洋燈ランプの光で見まわしてみました。隠すべきものが隠されていないというのに、Kの身体からはその隠すべきもの、そのものが消えているのです。

 その時私の受けた第一の感じは、Kから突然恋の自白を聞かされた時のそれとほぼ同じでした。私の眼は彼の室の中を一目見るやいなや、あたかも硝子で作った義眼のように、動く能力を失いました。私は棒立ちに立ちすくみました。それが疾風のごとく私を通過したあとで、私はまたああ失策と思いました。もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄く照らしました。そうして私はがたがた、ふるえ出したのです。はじめ私には自身の臍下に手をやる勇気がなかったのです。それでも、どうしても確かめないわけにいかず、私は夢中で腕をおろしました。ああ、まず助かったと思いました。(もとより世間体の上だけで助かったのですが、その世間体がこの場合、私にとっては非常な重大事件に見えたのです。)

 私はそれで落ち着くと、ようやくKの顔を真近で確かめたのです。目だけ見開かれたその姿は、明らかに狂人と化していました。おいと何度叩いても、身体を動かそうとしませんし、死んだような顔についた口は、とってつけたような不自然さまでがありました。

 私はすぐ机の上に置いてある手紙に眼を着けました。それは予期通り私の名宛になっていました。

 手紙のはじまりは簡単でした。そうしてむしろ抽象的でした。

「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」

 ごくあっさりとした文句でした。それから突然、奥さんに迷惑を掛けて済まんからよろしく詫びをしてくれという句がつづきました。国元へは私から知らせてもらいたいという依頼もありました。必要な事はみんな一口ずつ書いてある中にお嬢さんの名前だけはどこにも見えません。私はしまいまで読んで、すぐKがわざと回避したのだという事に気が付きました。しかし私のもっとも痛切に感じたのは、最後に墨の余りで書き添えたらしく見える、もっと早く消すべきだったのになぜ今まで生かしておいたのだろうという意味の文句でした

 私はふるえる手で、手紙を巻き収めて、再び封の中へ入れました。私はわざとそれを皆の眼に着くように、元の通り机の上に置きました。そうして振り返って、襖にほとばしっている白い粘液を始めて見たのです。

 

 

 

「一物を一晩お貸ししますよ」と少年は言った。そして下半身からはずすと、それを左手に持って私の膝においた。

「妹のかんざしをはめておきますね。これが、ぼくの物ですというしるしにね」と少年は笑顔でかんざしを私の胸の前にあげた。少年には、自らのものでなくなった一物に差し込むのが難しい。鮎に焼き串を突き刺すかのように、少年は力づくで金色の短いかんざしを刺した。

「ありがとう」

 私は少年の一物を雨外套の中にかくして、もやの垂れ込める夜の町を歩いた。電車やタクシイに乗れば、あやしまれそうに思えた。少年の一物がもし泣いたり、声を出したり、急に勃起して滑り落ちたりしたら、騒ぎである。雨外套のなかで大事に握っている少年の一物は、私のそれよりも冷たかった。心おどりに上気している私は手も熱いだろうが、その火照りが少年の一物に移らぬことを私はねがった。

 しかし、この日は一人の人間にも行き会わないで、私はアパアトメントの入口に帰りついた。少年の一物と帰った今夜は、ついぞなく私は孤独ではないが、そうすると、部屋にこもっている私の孤独が私をおびやかすのだった。

「なにを怖がつているんだよ」と少年の一物は言ったようだった。「だれかいるのか?」

「ええっ? なにかいそうに思えるの?」

「臭うぞ」

「臭いね。僕の臭いだらう。僕の影が僕の帰りを待っていたのかもしれない」

 ベツドの上に置かれた少年の一物が微笑むと見えたのは、細く張りしまった筋肉が微妙な波に息づくので微妙な光りとかげとが滑らかな赤い肌を移り流れるからだ。

「僕の一物とつけかえてみてもいいって、ゆるしを受けて来たの、知ってる?」と私は、言った。

「勝手にしろよ」と少年の一物は答えた。

 そして、うっとりしているあひだのことで、自分の一物を半身からはずして少年の一物をつけかえたのも、私はわからなかった。

「ああっ」といふ小さな叫びは、少年の一物の声だったか、私の声だったか。とつぜん私の半身にけいれんが伝わって、私は一物のつけかわっているのを知った。それから私は不意に気がついた。尿意は感じられるが、尿を出せるという感じはない。勃起する感じもない。かんざしだけが妙に輝いている。恐怖が私をおそった。かたわらに私の一物が落ちている。それが目に入った。自分をはなれた自分の一物はみにくい一物だ。その時、ドアを叩く音が部屋に響いた。このために私は少年の一物をつけかえたと言ってもよかった。愛人の一人に気配を察せられることのないよう、私は黙ったまま少年の一物を見つめた。少年の一物は血が通っておらず、何も言わなかった。

 女が消えると、私は静かにベツドに入った。

「おれは夜中に夢を見て目が覚めると、聖書を読むんだよ」

 少年の一物がそう言ったころには、前ほどの冷たさを感じることはなかった。

「オナンは地に垂れ流した」

 いつの間にか、一物は私の臍のあたりまで近づき、話しかけると、かんざしを吐き出した。

「血が通っている」と私は静かに言った。「血が通っている」

 私のような男の汚辱の血が少年の一物に流れこんでいった。たちこめたもやが淡い紫に色づいて、ゆるやかに流れる大きい波に、私はただよっていた。その広い波のなかで、私のからだが浮かんだところだけには、薄みどりのさざ波がひらめいていた。私の陰湿な孤独の部屋は消えていた。

「ああっ」

 私は自分の叫びで飛び起きた。ベツドからころがり落ちるようにおりて、三足四足よろめいた。

 ふと目がさめると、不気味な物が太腿にさわっていたのだ。私の一物だ。

 私はよろめく足を踏みこたえて、私の一物を見た。呼吸がとまり、血が逆流し、全身が戦慄した。私の一物が目についたのは瞬間だった。次ぎの瞬間には、少年の一物を半身からもぎ取り、私の一物とつけかえていた。魔の発作の殺人のようだった。

 私はベツドの前に膝をつき、ベツドに胸を落として、今付けたばかりの一物をさすっていた。動悸がしずまってゆくにつれて、自分のなかよりも深いところからかなしみが噴きあがって来た。

 「少年の一物は……?」私は顔をあげた。

 少年の一物は、ベツドの裾に投げ捨てられたはずであった。ところが、少年の一物は窓の大きい一枚ガラスの前で峻立していた。薄暗い明りにほの白い陰が見える。まるで神々が、その住まう山脈から私を眺めるように。

 

 

 

「あなたと会うことは二度とないかもしれまないけれど、私どこにいってもあなたと直子のこといつまでも覚えているわよ」

 僕はレイコさんの目を見た。彼女は泣いていた。思わず彼女に口づけした。

 まわりを通り過ぎる人たちは全裸の僕のことをじろじろと見ていたけれど、ペニスが存在しない僕にはもうそんなことは気にならなかった。

 我々は生きていたし、生き続けることを考えなくてはならなかったのだ。

「幸せになりなさい」と別れ際にレイコさんは僕に言った。

「私、あなたに忠告できることは全部忠告しちゃったから、これ以上、もう何も言えないのよ。幸せになりなさいとしか。私のぶんと直子のぶんを合わせたくらい幸せになりなさい、としかね」

 我々は握手をして別れた。

 ……

 僕は信濃の国の郡司に電話をかけ、君とどうしても話したいんだ。話すことがいっぱいある。話さなくちゃいけないことが千年分ある。あの術をマスターしたって何の楽しみもなかったんだ。先生も、川端風の語り手も、レイコさんも、誰も笑ってくれなかったんだ。君と会って話したい。君と二人で陽成院の帝のころからやり直したい。世界中を消してやろう。千年分を消してやろう。悲しみのためでも、怨みのためでもないんだ。千年前の愉快だったあの瞬間で世界中を埋めつくそう。

 

2022年9月17日公開

© 2022 わく

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"巻16(198)滝口道則、転生する事"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2022-09-21 22:09

    文学部卒のくせに元ネタが分からなかったので調べて読みました。最初ちんこが転生しているのかと思いましたが滝口道則が転生してるんですね。オリジナルでなくしたちんこが松茸みたいな感じでわんさか出てくる所で笑いました。
    同日の作品投稿でちんこネタで被ってしまい悔しく思います。
    転生はしてるど異世界? とは思いましたが、こころ、片腕、ノルウェイの森と来て文学作品を転生していっているのである意味異世界転生とも言えそうです。

  • 投稿者 | 2022-09-22 18:55

    徐々に少年の一物と完全に話しだしてる所が、好きです。最初は自分の声かな?それとも一物だったかな?くらいの感じから、短期間で完全に会話している所がとても、こう、スピーディー。でも、自然な感じ。なのかな。私は自然に思えたけど。

  • 投稿者 | 2022-09-22 23:44

    宇治拾遺物語で好きなのは、恋人の部屋に忍び込んでいざという場面で恋人がでっかい屁をこいてしまい恥ずかしさに崩れ落ち、男は絶望してもう出家するしかないと飛び出して行くのですが、急に冷静になってなんで彼女が屁したからって俺が出家するんだと馬鹿らしくなって家に帰るという話です。ああいう落ちもへったくれもない、どう解釈したらいいのかわからない、けれどどこかシュールで癖になる感じ、なるほどわく作品のルーツは宇治拾遺であったかと思いました。どうして宇治拾遺なのか、くわしいお話を聞いてみたく思いました。

  • 投稿者 | 2022-09-23 13:01

    パロディ大好きです。声を出して笑いました。
    文学的転生を繰り返した滝口道則がうらやましい。
    こういうのもっと書いてください。喜んで読みます。

  • 投稿者 | 2022-09-24 00:16

    こころ、片腕、ノルウェイはわかったけれど三つのパロディを貫く宇治拾遺物語を読んでいないので、全部読んでいたらもっと楽しめるんだろうなと思いながら読んだ。作者の教養に追いつけず、申し訳ない。ただ、かんざしの部分は生き生きと描かれていて生理的にきつかった。目取真俊の小説に出てくるマッチ棒刺しの描写に連なる見事な描写だと思う。

  • 編集者 | 2022-09-25 13:31

    ちんこにかんざしは確かに痛感がすごいと思いました。ちんこへの執念を感じます。古典はいいですね。

  • 投稿者 | 2022-09-25 21:32

    何故異世界転生がお題でこんなにチンチンの話ばかりになるのでしょう笑 皆さんのコメントを読んで色々な文学作品のパロディが散りばめられていることは分かったのですが、いかんせん文学の文の字も知らない私なので、何もわからなかったです。けど、パロディとして読めなくても面白かったです。

  • 編集者 | 2022-09-26 14:35

    確かに今回の合評会にはちんちんが多い。なぜだろうか。俺もだけど。
    古典の素養が生かされた、羨ましい作品だった。古典の知識があればちんちんも風雅になるのだ。

  • 投稿者 | 2022-09-26 15:30

    一物の着脱や貸し借りが可能な世界といえば初期の楳図かずおであるが、うっかり楳図画で脳内再生をしてしまったので、相当に不気味な内容に読めてしまった。かんざしはご遠慮ください。

  • 投稿者 | 2022-09-26 18:22

    すみません、元ネタがこころと片腕しかわからなくて中途半端な理解しかできていません。イチモツにかんざしはちょっと目を覆いたくなる感じでした。

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