犯人は、若英。
動機は、楚の祭祀を途絶えさせるため。
一連の事件(自殺も含む)の結果を見ていくと、祭祀に長けていた観無咎の一家が全て死んでいる。また、今回祭祀の手配をした姱、楚出身の学者の白止水、祭祀での演奏を担う江離が死んでいる。
一方で、生き残った無逸は家長であっても祭祀には詳しくない人物とされており、露申も自身が言うように(祭祀に関しては)一家で不要な人物である。ほかにも詳しい人物はおらず生き残った人物たちでは祭祀の継承は不可能といえるだろう。
まず、4年前の事件について論じる必要がある。探偵役の葵によって犯人は芰衣と指摘されているが、4年前を再現した地の文を読むかぎり芰衣は犯人ではない。
この箇所は芰衣から話を聞いた露申の話を芰衣の視点で書き直したようになっており、嘘があってもおかしくはない。しかし、作者は本小説内において叙述トリックは使われていないと明言する。上記の書き直しが叙述トリックには当たらないともいいうるのかもしれないが、それではアンフェア感が強いだろう。
芰衣が犯人ではないとすると、単純に犯人は生き残った若英とみるべきである。露申は若英の罪の告白を芰衣をかばった嘘だと受け取ったが真実だったのである。
若英には、推測されているように虐待から逃れるという動機もあっただろうが、併せて祭祀を守るだけの一家――不条理なシステムへの反逆もあった。
これは若英の自死により完成することになるが、面倒をみてくれている芰衣の好意が無駄になることをおそれてなかなか死ねなかった。
そうこうしているうちに、1年前には芰衣が長安に行く夢を絶たれて死んでしまったが、若英は間接的に原因を作ったことになる(彼女が4年前の事件を起こさなければ芰衣に入婿をとるという話はなかった)。
その後、江離と「巫者による政権」という目標も持ったこともあり、生きながらえることにした。
だが、無逸の一家が祭祀を担うようになっていたところ、それだけであれば、若英が祭祀のやり方を十分に伝えないまま死ぬことによって祭祀の継承を止めることも出来ただろうが、今回の祭祀では信仰の対象が変えられてしまい、祭祀のやり方も変形することとなった。このままでは変形した形で祭祀が継承されてしまう。
江離は変形させたことが問題と考えたようだが、それはミスリードで本当は若英の死によっても止められずに存続することが問題だったのだ。
そこで、若英は今回祭祀の手配をした姱を殺害した。また、学者の白止水も新たな解釈を生み出すおそれがあるので殺した。最後に江離を殺した。彼女は祭祀での演奏を担っているほかに、「巫者による政権」の志をもっており、演奏者から成りあがることもありえたからである。
姱の殺害に関して犯人が消えたことが問題となっているが、それが犯人自身である若英の虚偽の供述によるものであれば問題なくなる(殺害後に展詩と合流して、そちらには誰も来ていないと言えばよい。犯人消失の古典的なトリックである)。白止水の殺害に関して、白止水が油断して話をする人物として若英はあてはまるだろう。隙をみて突き落として殺害する。江離の殺害についても弩が用いられており、観家の者であれば皆、扱いに習熟しているとの記述もあるし、力のない者でも使えるものとされている。アリバイもなく(共にいた会舞は早く床についている)、若英には犯行の機会があった。
小休の自殺が事件にどう関係するかはよくわからなかった。最初は若英の自殺だけ目立つのを防ぐダミーの事象かと思ったが、本格ミステリとしてはやはり関係するとみるべきだろうか。前述のとおり、若英だけでも犯行は可能と思うが、小休が若英に丸め込まれてなんらかの手伝いや隠蔽くらいはしているのかもしれない。葵はいったん間違った推理を述べたものの、その夜、真相に至った。そして、葵が小休の裏切り(主以外の者の言うことを聞き、黙っていたこと)を責めたのだろう(新しい鞭の傷はそのときのもの)。
小休としては、その日主従の別れを告げられていたものの、これまでどおり最後には許してもらえると思っていたのに、このことで改めて主従の別れを葵から告げられたことに絶望して自死を選んだと考えられる。
一方の葵は小休の死のショックにより真相をただちに披露する気にはなれなかったのである。
若英の自死で一連の犯行は完成する。若英は死ぬ少し前に5人の死を悼んでいるが、これは4年前の事件の際に自死していれば、芰衣の憤死や今回の3人の殺害をすることはなかったし、それに巻き込まれる形での小休の自死はなかったという後悔の念の表れなのである。
最後に、探偵役としてはそこまで優秀ではない葵だが、露申を谷から連れ出し、家の呪縛から解放することには成功するだろう。それがこの陰惨な事件におけるせめての救いなのだ。
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