真犯人は月夜で、共犯は加々見。
まず、刑事である加々見が犯行に関わっている。
捜査関係者が犯人というパターンはミステリにおいて古くからあるものなのに、疑心暗鬼になっていた霊媒師の夢読が疑ったくらいで、探偵役の月夜があらゆるミステリのパターンにふれておりながらそれには言及しないのはあやしい。
本書の舞台となっている硝子の塔だが、硝子という目立つ特徴以外に目をむけると、別の特徴として、中央のらせん階段を使わないと行き来できないという点がある。
ここで、二日目に一条が足音や視線を感じるが、階段を上まで登っても誰もいないという描写がある。気のせいではないとすると、その人物は加々見の部屋に入ってやり過ごしたからであり,それは部屋の主である加々見とみるのが自然である。
同じく、三日目、階段を上った一条を突き落とせた人物も弐の部屋の加々見しかいない(参の部屋の酒泉は遊戯室にいた)。
そして、探偵役である月夜も犯人であり主犯である。
共犯については、読者への挑戦で排除されていない。探偵役である月夜自身も共犯の可能性は当然検討すると述べている。また、時間的にタイトなスケジュールで犯行や細工がなされていることから単独ではなく二人いたとみる方が自然だろう。
月夜がおかしいのは、いくつかあるが、まずは車への破壊工作を防げない時点でおかしい。あれだけクローズドサークルのパターンを言っているのならば、当然予測すべきことである。早起きまでしていたはずなのに、防げなかったのは工作した当人だからである。
また、最初のときに、事件をえり好みして受けていると非難されているが、これに対しては「忙しい」という程度の反論しかしていない。これは仕込みの工作が出来た事件だけを受けているからである。
そして、本書では、語り手が犯人であったアクロイド殺し、関係者全員が犯人であったオリエント急行殺人事件に言及されていながら、同じポアロシリーズのカーテンやブラウン神父の初期作など古典期からあった「探偵役=犯人」についてだけ言及されていないのはおかしい。本来ならば月夜は自身が犯人でないことを要所々々で論証すべきなのである。
また、仲が悪いと思われていた二人が裏で通じていたというのは月夜がたびたび著作を挙げるアガサ・クリスティの得意技ではないか。探偵役の月夜はことあるたびに衝突していた刑事の加々見と実は通じていたのである。
各事件についてみていこう。
【老田殺害】
自動発火装置については痕跡がないことを理由としているが,確認したのは月夜自身であり、実際には確認の際に回収した。
月夜は一条の部屋に来ていたアリバイがあるが、途中でトイレに行っている。このとき遠隔操作すればよい。遠隔操作の装置を作ることができる(しかも館にあるものでだ)のは本人も認めている。
現場の鍵に回転する掛けがねが使われているが、超古典的な固めた雪のトリックが検討されていないのはおかしい。雪が溶けたあとの水は作動したスプリンクラーでわからなくできる。
【円香殺害】
こちらはマスターキーが必要となるが、金庫に入れていた。金庫の鍵2つは一条と九流間とが持っていたが、月夜ならばスリとることが可能である。本職なみの技術があることは本人も認めているし、二人と歓談する機会はあったからスリとることも、事件発生後のごたごたの際に二人に戻しておくことも可能である。スリとった鍵でマスターキーを取り出し、加々見に犯行を行わせた(月夜自身はこのとき一条のところで話し込んでいる)。
【神津島殺害(?)】
遺体をナイフで刺しているが、これもマスターキーが必要であるから、一日目にマスターキーを持っていた加々見か、金庫の鍵をスリとれた月夜にしか不可能である。
今回の事件は最近のミステリの常として真相が二転三転するだろう。他に多くの推理が可能なはずだ。
しかし、これらの一連の事件の支点となる現象は、神津島の「二度殺された屍体」である。他の屍体にも多くの装飾がされているが、その必要がないという点ではこれが一番の特異な点であり、その理由が事件の本質を示している。
では、なぜすでに死んでいることが確認されている神津島の胸の中央を刺すという行為が必要だったのか?
この点にかんして、毒殺では密室は完成されないことを指摘せねばならない。毒が回る前に自分で施錠したという可能性を否定できないからだ。
そして、施錠されていたはずの部屋の中の屍体に刃物を突き立てるという行為は、密室殺人とミステリのトリック的には同義である。不完全だった一件目の密室を補完し、三連続密室として完成させる行為なのである。
このような観念的な殺人をあえてする人物、連続殺人事件でこそ名探偵が輝くと自覚している人物、名探偵を求める自分と名探偵になってしまった自分とに挟まれている人物こそ、この奇妙な事件の真犯人にふさわしい。
"笠井潔に捧ぐ"へのコメント 0件