太陽のようなもの

諏訪靖彦

小説

925文字

2024年9月合評会『世界の終わりと白のワンピース』に昔書いてやつを改稿して提出しようと思ってたのだけど、やんごとなき事情で改稿めんどくせえなあってなって不参加となりましたが、読み直したらお題にあってるよなあと思ったので少し直して投稿します。あ、不参加でよいです!

 

サーッと小さな音をたてて砂浜が太陽に向かって移動する。 実際には砂浜の表面を覆う比重の少ない砂やガラスの欠片が動いているに過ぎないが、俺の目には 砂浜自体が動いているように見えた。太陽に向かって動いている、というのも大げさな例えだ。 天体としての太陽は俺の後ろに居座っていて、さきほどまで湖面 に向かって俺の身体を何倍にも引き伸ばした影を作っていたのだから、俺が太陽に向かって砂浜が移動していると感じたのは、湖面に空からゆっくり降りて 太陽と形容したくなるほど眩い光を放つ物体に吸い込まれていくと感じたか らだ。

そう感じたのは彼女もいっしょだった、と思う。俺と向かい合って立つ涼し気な白のワンピースを着た恋人の、ついさっき俺に向かって別れの言葉を口にしたばかりの元恋人の、言葉を返していないため人称の定まらない彼女の、足元の砂がサーッと湖面に向かって流れていき、彼女は足を取られ砂浜に尻もちをついた。俺は彼女を起き上がらせるため手を伸ばす。払い除けられるのではないかと一抹の不安を感じたが、彼女は俺の手を掴んでくれて、その表情がいつもの、俺に別れを切り出す前の、柔らかな笑みだったのを見て安堵した瞬間、 耳を劈く轟音が聞こえた。 実際に轟音と知覚出来たのは一瞬で、彼女の後ろで太 陽のようなものに向かって垂直に吸い込まれる湖面の水と、太陽のようなものから放射状に放たれた光が俺の視野全体に広がり、激しい耳鳴りがして聴覚を失った。

彼女から別れを切り出される予感はあった。八〇年一緒にいると、日々の生活の些細な出来事から彼女の心が自分から離れてしまったと感じることがあったし、そのときがいつなのか怯えながら暮らしていた。関係を清算するタイミングは引き金になるものを内から探しても中々見つからないもので、ましてや自己の正当性を求めるとより困難になるわけだから、外圧によって押した出してしま うのが一番楽な方法なのだろう。だからこのタイミングで彼女から別れたいと言われる予感はあった。

Jアラートが鳴りすさぶなか、一〇〇年前の遺恨を清算するため放たれたミサイ ルが大気圏の外から雲を突き抜け降りてきて、核爆発を起こした瞬間に俺が 思ったのはそんなことだ。

 

(了)

2024年9月28日公開

© 2024 諏訪靖彦

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