超短編小説「猫角家の人々」その24
真っ黒は、施設の収容者には、人気がある。よく気が付く、意欲のある介護職だと思われている。明るく快活な介護者を標榜しているからだ。実は、シャブが効いていてハイになっているだけなのだが。
真っ黒は、お爺ちゃん、お婆ちゃんたちから信頼されている。だから、真っ黒がシフトに入っているときに、お婆ちゃんの小銭入れから2-3万円の現金が消えていても、真っ黒が疑われることは、まずない。おばあちゃんたちが、真っ黒の味方になってくれる。「真っ黒さんが、泥棒なんかするわけないじゃない」と。施設側も、それ以上追及はしない。数日もすると、この話は立ち消えとなり忘れ去られる。警察沙汰にもならない。
収容されているご老人たちは、基本的に呆け老人である。だから、金の管理などできない。たまにいやいややってくる家族が、小銭入れの中身を確かめて、足りなければ万札を補充していく。「あら、お爺ちゃん、お金をなにに使ったのかしら?本人に聞いても要領は得ないし。」と、嫁は首を傾げながらも、背中を丸めてパートの仕事に戻っていく。
真っ黒の小遣い稼ぎは、今のところ破綻していない。金を抜きやすい、発覚の恐れが低い「カモ」の収容者が判別できているから、ターゲットを定めて、少しづつ、犯行を重ねていく。だが、大きくは稼げない。シャブを好きなだけ買うには全然足りない。
真っ黒がシャブを調達するのは「ネット売人」からである。シャブに手を出した当初、真っ黒がお世話になったネット売人は、名古屋のハンドル・ネーム「CRACK」だった。クラックと聞いて、すぐさまピンときた。「あ、この人、絶対、薬物売ってるぞ」と。クラックとは、クラック・コカインの略であり、高純度のコカインを意味する。これに手を出して命を失ったジャンキーがどれだけいることか?ジャンキーならだれにでも分かるように、ネット売人はわざわざ「クラック」をHNに使用したのだった。(続く)
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