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踏切前のハンバーグ

浅間のん子

馴染みの店がなくなってしまうのは悲しい。小説にして留めておこう。
小さなレストランの掌編。

タグ: #純文学

小説

632文字

遮断桿はなかなか上がらない。僕の後ろには自転車に乗った高校生や自動車が段々やって来る。電車が横切る。隣の女子高生の髪とスカートが揺れる。上がり始めた遮断桿をくぐって僕は踏切を渡る。渡ったところから少しだけ進んだところにあの店はある。毎週土曜日の昼はここと決めていた。僕はドアを引いた。
「どうも、こんちは。」
「いらっしゃい。」

八畳くらいの狭い店にはL字のカウンターだけあって、そのLの中の厨房が客席から見える。白髪混じりのマスターは五十代後半だろう。リュックを冷蔵庫の上に置かせて貰って、僕は席に着く。たまにカレーだが、僕は大抵ハンバーグ定食を頼む。今日もハンバーグ。マスターは挽肉の形を整え始める。僕はテレビに目を遣る。丁度連続テレビ小説か大河ドラマかどちらかが放送されている時間帯だった。僕は首が疲れてくるとまた前に向き直って、ぼうっと厨房を眺める。肉はフライパンの上でいい匂いを放ちながら色を変えていく。白い皿にそれを移して、人参とブロッコリーを添えて、そしてとろみがかったソースを肉の上にかける。
「はい。」
「どうも。」

マスターはまた灰皿に載った吸いかけの煙草を口に持っていく。何を話しただろうか。忘れてしまった。マスターも時々テレビに目を遣る。

 

「ご馳走様です。」

食べ終わった私はリュックから財布を取り出す。
「また来てね。」

 

あの場所はもう別の店が入っている。マスターは別の料理関係の仕事に就くと言っていたが、今どうしているのか知らない。

© 2023 浅間のん子 ( 2023年5月11日公開

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