砂塵は上空高く舞い上がり、機動歩兵を載せたガンシップのタービンに吸い込まれブレードを摩耗させる。もうかれこれ開戦から八度交換されたが、まだ終戦の兆しは見えず。帝都から次々と新兵が送り込まれても、戦局図に描かれる国境の赤線は数センチメートルの間を行き来するだけで、まるで代わり映えしなかった。敵方の新兵の犠牲と同じだけ友軍の新兵も消耗し、ただただ、若い命だけが両国の相容れないイデオロギーの狭間で擦り減っていくのだった。ガンシップにはパイロットの他、陸戦隊の隊長と数名のベテラン兵士、教誨師、そしてピカピカの新兵が四名乗り込んでいた。
新兵は極度の緊張に必死に堪えている。昨今の初陣戦死率は上昇の一途をたどり、新兵が生還できるのは奇跡とまで噂されている。生の戦場を見た途端に怖気づいた彼らは総じて動きが悪く、尻込みした挙げ句味方を巻き込んで損害を拡大させてしまうのだった。
隊長は機内の士気を少しでも高めるために軽いジョークを飛ばすが、笑うのはベテラン兵ばかりで肝心の新兵の反応は薄かった。
「みなさんはこんな話を知っていますか?」長身で教誨師のチャップ・レインが低い声でゆっくりと話しはじめた。ガンシップのエンジンの音にも消えない絶妙な声量、かつ静かな口調は耳に優しく、新兵の精神をいくばくか落ち着かせた。帝国正教会から派遣されている教誨師は、皇帝への忠誠を高めるありがたい経典の教えを前線の兵士に伝える重要な役割を持っており、その説教は作戦の遂行に大きな意味があった。隊長はうなずいてチャップ・レイン師が話を続けることを認め、先を促した。
「みなさんは、自分の境遇について、どのように考えていますか? 陸軍で兵士になるのは、平民が大半です。しかもあまり裕福な層の出身ではない。ゆえに、軍で戦功を立てて出世し、下士官となるか、定年までやり過ごして退役してたくさんの年金をもらって長い老後を過ごす。そのように考えているのではないですか?」
新兵のリゼ、セバス、マーキー、ラングは強くうなずいた。いかにも、彼らはみな戦災孤児で、庶民院の経営する孤児収容所から新兵募集のワゴンに乗って訓練キャンプに行き、三度の食事(美味くもない)と引き換えに厳しいトレーニングに耐え、大陸間の移送中は長時間暗くて狭い輸送艦の底で船酔いと吐瀉物の悪臭に耐え、軍港から前線基地までは砂嵐の中を徒歩で行軍してここまでやってきた。三日間の休暇の後、ただちに出撃を命じられて今ここにいるのである。これまでの人生は最悪だったが、ここで生き残ればあとは安泰なのだと、軍のワゴンの喚き散らすプロパガンダを信じていた。
「実は」教誨師チャップ・レインは、大きな身をかがめて声のトーンを下げ、新兵たちにぐいと大きな整った顔を寄せた。
「それは嘘です。何もしないでただ生まれるだけでは、誰も成功などできません」
リゼは驚きを声に出し、チャップの顔を見た。セバスはうつむいたまま、耳だけ傾けた。マーキーはリゼの高い声に驚いて彼女に顔を向けた。ラングは目を見開いてチャップの戦闘用サングラスに隠れた瞳を見ようとしたが、自分の顔が反射するばかりで何も見えはしなかった。
「私は生まれる前に五回ほどリセマラをしました。わかりますか? 五回やり直して、このスペックになったのです。声と身長はとくに重要と考えました。ルックスに関しては満足していませんが、平均以上ではあるので妥協しています。納得いくまで生まれ直して、納得した上でこの世に生を受けています。そして神はそのような行為を許容しています」
「生まれる家を選ぶことができると?」
「もちろん。出身地や階級も納得行くまで生まれ直すことができます。この世界はそのように作られています。もちろんこれは秘密のことです。教会でも一部の者しか知りません。あなた方は運がいい。わたしが特別に教えて差し上げたのですからね」
新兵たちはお互いを見て、なんとも貧相で風采の上がらない見てくれに苦笑した。なるほど損をしている顔だと相互に思った。痩せこけて精気のない失敗者のツラだ。一方で、隊長以下ベテランはみなツラ構えが違う。それらは勝てる者の顔だと思った。ああいう顔は生まれつきだと思ったが、生まれるにもコツがあったのだ。やり直せばよかったのだ。チャップは続けた。
「リゼ、今の自分に満足していますか?」
「いいえ、満足していません」
「セバスは違う家柄がよかったですか?」
「華やかな貴族の暮らしに憧れていました」
「マーキーはどうですか?」
「イケメンに生まれてモテたいです」
「ラングは強くなりたいですか?」
「非力で病弱な自分に失望しています」
「人は、何度でもやり直していいのです。神が認めています。神と皇帝の名のもとにここにそなたらに勇気を与えん。エラ・エンティア」
チャップは神と皇帝への祝福の言葉で説教を締めくくった。そこにはしょぼくれた新兵はもういなかった。希望に満ち溢れた精鋭の顔があった。前線に近づいたアラームが鳴り響く。隊長の野太い声が機内に響く。
「ゴーゴーゴー! さあ今すぐ飛んで敵をバスターしてこい!」
「サー!イエッサー!」
士気の上がりきった新兵はガンシップから飛び降り、地上に辿り着く前にたちまち敵弾に倒れたが、彼らの犠牲の成果で部隊は同じだけの敵兵を倒し、重要拠点の破壊に成功した。生き残った隊員は回収船に乗り込んで基地への帰路についた。隊長が隣席の教誨師に尋ねる。
「俺も生まれ変わったら貴族様になれるかね」
「隊長、帝国軍人が経典のどこにもないようなヨタ話を信じたらいけませんよ」
「それじゃなんであんな話をしてたんだ?」
「あの話をしておくと新兵がいい感じに敵陣に飛び込んでくれるんです」
「なるほどな」
野良猫を三両で売るわけか、と隊長は思った。
END
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