彼女のはだは青白く、ほねが透けてみえるようだった。わたしはよくいたわってあげた。からだは病弱でよく風邪をひいては熱を出し、その都度わたしは看病したものだった。
いまわたしと彼女はそらを飛んでいる。わたしたちは太陽を目指して雲のあいだを縫うように飛んで行く。わたしたちは太陽神のもとまで行ったら、彼の人へ話しかけることもできた。太陽神は名前をヌックと云った。ヌックはこうおっしゃられた、悪魔はエーテルのなかにいる。決して砂の中ではない」わたしと彼女は唱和した。
「悪魔はエーテルのなかにいる。決して砂の中ではない。むしろ砂の中には用心棒が潜んでいる」
わたしたちはサボテンを主食として生活していた。
「このサボテンは苦いわね」
彼女はそう言って顔をしかめた。
「こっちのサボテンは甘いわよ」
そう言ってわたしは彼女を手招きする。彼女はすり寄ってきて、わたしのてのひらにあるサボテンをてに取り、噛んだ。
「美味しい」
彼女は微笑んだ。噛んだサボテンから乳液が零れ出してきたのを、彼女は肘窩に溜めて
「ねえ綺麗」
とふたたびかんじと笑った。
「サボテンの乳液にはね、塗布した部分の温度を上げる効能があるのよ」
心なしか肘窩に溜まった乳液が桃色に染まったのが見えた。そこを透き通してみる彼女の青白い皮膚も赤く染まっていた。
再び私たちは空に飛んだ。彼女の肘窩から乳液が零れてきてわたしは「大丈夫か」と声をかけたが、それはもう遅かった。サヨナラと彼女のからだが告げた。そう思ってみるには遅かったんだ。大変申し訳ない気持ちでいっぱいですと声をかけたが、彼女の骸はなにも語り掛けてはこなかった。
彼女の魂だけを取り出して浮かべて見たりして、私たちは対話した。
「空の飛び方を教えてよ」
遡及できないやり方で。彼女の薄い皮膚はわたしを通り抜けて、違うやり方で、彼女の喉元に届いた。それはあるべくしてなかった方法論だった。記憶の引き出しをあけるにつけ、彼女の四肢が現れてくる。バラバラになった残骸だ。もう私にとっては何の意味もない人生の骸。彼女のあしのこゆびなんかは、高値で売れた。買ったのはドラマなんかは見もしないという人だったけれど。これ以上壊れていくのは見るに見かねるということで、彼女の四肢を魂に戻してあげた。これと言って、意味のないことだけれど
「ねえ、今度うちのサボテンを食べに来ない」
と彼女は言った。
「うん!」
わたしは白濁した肘窩の乳液をぺろっとなめて、これだからいけないんだよなあと笑った。例えばホロコーストを行うときのような丁寧なしぐさで、彼女は肘窩の乳液をひとさしゆびで掬い上げた。どうなっていればいいのかと問われれば、ホロコーストの仕草で、としか言いようがないのだけれど、わたしたちが二人で空を飛んだのは紛れもない事実だった。二人の間には愛かそれらしいものがあった。事実としてあったのではなく、仮定として、口述筆記を続けていく必要があった。彼女の肘窩は青白く月夜に輝いた。
「ねえわたしたちとんでるわ!」
彼女が叫んだ。わたしたちはそう紛れもなく飛んでいた。
ヌックが吠えた。
「こちらにくるでない!」
わたしたちは困惑して
「なぜ?」
「なぜ?」
わたしたちは肩を組んでヌックに尋ねた。彼女の肘窩はセクシーだった。とんでもない夢をみた。
「助けて」お願い!」
彼女の衣擦れの音が砂漠に響いていた。世界観が破滅してた。ところどころにサボテンが生えているばかりでチューブの……。
彼女はわたしのかたを蹴った。とんでもない、わたしは「ありがとう」と言った。彼女はその夜首を吊った。なんの汚れもない綺麗な死だった。彼女が突き飛ばしたと思われる椅子が洞窟の中にあった。第一発見者はわたしだった。椅子は四本のうち一本が欠けていた。
わたしは彼女をヌックのところに運び込んだ。ヌックは困惑しながら、
「レイゼイランソーレ」
と唱えた。
すると彼女の肘窩が復活した。わたしたちは復活祭をとりおこなった。どうしてもいけない家は砂埃をかけてやった。彼女の肘窩には乳液が溜まっていた。どうしてもたまらねばならなかったのだろう。どうしてか。それは未だ誰にも解明されていない。
わたしは彼女の肘窩を食べた。がりがり食べた。彼女は細くやつれていた。まだ若々しい盛りだというのに。
「あーあわたしの太ももは誰が食べてくれるというの?わたしの頭は?わたしの髪は?ヌックが食べてくれるの?わたしのかかとは誰が食べてくれるというの?」
彼女の霊体を砂吹雪が通り抜けていった。つまるところ明日も腫れには違いないのだ。ヌックのお告げ通りに。ヌックは咆哮した。
「セレルラルモー!」
「彼女いんの?」
唐突に彼女がわたしの肘窩をつねってきた。なんでわたしに彼女が……?わたし同性愛者じゃないし、それにそもそも誰も愛したことないの」
彼女の墓は大量のサボテンで埋め尽くされた。サボテンは色とりどりで赤色のもあれば緑色、黄色のも、青色のもあった。彼女の葬儀は荘厳にとり行われた。サボテンをみんなで食べていると彼女の霊言が聞こえた。
「わたしの肘窩をたべなさい」
ラクダは彼女の肘窩を食べて、瘤が三倍になっていた。
「食べるのをやめなさいよ」
わたしはラクダに声をかけたが、砂の中から用心棒がでてきて、ラクダをなぎ倒したので押し黙った。
退会したユーザー ゲスト | 2020-10-26 15:53
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