熱帯雨林の記憶

猫が眠る

エセー

2,153文字

彼女のはだは青白く、ほねが透けてみえるようだった。わたしはよくいたわってあげた。からだは病弱でよく風邪をひいては熱を出し、その都度わたしは看病したものだった。

いまわたしと彼女はそらを飛んでいる。わたしたちは太陽を目指して雲のあいだを縫うように飛んで行く。わたしたちは太陽神のもとまで行ったら、彼の人へ話しかけることもできた。太陽神は名前をヌックと云った。ヌックはこうおっしゃられた、悪魔はエーテルのなかにいる。決して砂の中ではない」わたしと彼女は唱和した。

「悪魔はエーテルのなかにいる。決して砂の中ではない。むしろ砂の中には用心棒が潜んでいる」

わたしたちはサボテンを主食として生活していた。

「このサボテンは苦いわね」

彼女はそう言って顔をしかめた。

「こっちのサボテンは甘いわよ」

そう言ってわたしは彼女を手招きする。彼女はすり寄ってきて、わたしのてのひらにあるサボテンをてに取り、噛んだ。

「美味しい」

彼女は微笑んだ。噛んだサボテンから乳液が零れ出してきたのを、彼女は肘窩に溜めて

「ねえ綺麗」

とふたたびかんじと笑った。

「サボテンの乳液にはね、塗布した部分の温度を上げる効能があるのよ」

心なしか肘窩に溜まった乳液が桃色に染まったのが見えた。そこを透き通してみる彼女の青白い皮膚も赤く染まっていた。

再び私たちは空に飛んだ。彼女の肘窩から乳液が零れてきてわたしは「大丈夫か」と声をかけたが、それはもう遅かった。サヨナラと彼女のからだが告げた。そう思ってみるには遅かったんだ。大変申し訳ない気持ちでいっぱいですと声をかけたが、彼女の骸はなにも語り掛けてはこなかった。

彼女の魂だけを取り出して浮かべて見たりして、私たちは対話した。

「空の飛び方を教えてよ」

遡及できないやり方で。彼女の薄い皮膚はわたしを通り抜けて、違うやり方で、彼女の喉元に届いた。それはあるべくしてなかった方法論だった。記憶の引き出しをあけるにつけ、彼女の四肢が現れてくる。バラバラになった残骸だ。もう私にとっては何の意味もない人生の骸。彼女のあしのこゆびなんかは、高値で売れた。買ったのはドラマなんかは見もしないという人だったけれど。これ以上壊れていくのは見るに見かねるということで、彼女の四肢を魂に戻してあげた。これと言って、意味のないことだけれど

「ねえ、今度うちのサボテンを食べに来ない」

と彼女は言った。

「うん!」

わたしは白濁した肘窩の乳液をぺろっとなめて、これだからいけないんだよなあと笑った。例えばホロコーストを行うときのような丁寧なしぐさで、彼女は肘窩の乳液をひとさしゆびで掬い上げた。どうなっていればいいのかと問われれば、ホロコーストの仕草で、としか言いようがないのだけれど、わたしたちが二人で空を飛んだのは紛れもない事実だった。二人の間には愛かそれらしいものがあった。事実としてあったのではなく、仮定として、口述筆記を続けていく必要があった。彼女の肘窩は青白く月夜に輝いた。

「ねえわたしたちとんでるわ!」

彼女が叫んだ。わたしたちはそう紛れもなく飛んでいた。

ヌックが吠えた。

「こちらにくるでない!」

わたしたちは困惑して

「なぜ?」

「なぜ?」

わたしたちは肩を組んでヌックに尋ねた。彼女の肘窩はセクシーだった。とんでもない夢をみた。

「助けて」お願い!」

彼女の衣擦れの音が砂漠に響いていた。世界観が破滅してた。ところどころにサボテンが生えているばかりでチューブの……。

彼女はわたしのかたを蹴った。とんでもない、わたしは「ありがとう」と言った。彼女はその夜首を吊った。なんの汚れもない綺麗な死だった。彼女が突き飛ばしたと思われる椅子が洞窟の中にあった。第一発見者はわたしだった。椅子は四本のうち一本が欠けていた。

わたしは彼女をヌックのところに運び込んだ。ヌックは困惑しながら、

「レイゼイランソーレ」

と唱えた。

すると彼女の肘窩が復活した。わたしたちは復活祭をとりおこなった。どうしてもいけない家は砂埃をかけてやった。彼女の肘窩には乳液が溜まっていた。どうしてもたまらねばならなかったのだろう。どうしてか。それは未だ誰にも解明されていない。

わたしは彼女の肘窩を食べた。がりがり食べた。彼女は細くやつれていた。まだ若々しい盛りだというのに。

「あーあわたしの太ももは誰が食べてくれるというの?わたしの頭は?わたしの髪は?ヌックが食べてくれるの?わたしのかかとは誰が食べてくれるというの?」

彼女の霊体を砂吹雪が通り抜けていった。つまるところ明日も腫れには違いないのだ。ヌックのお告げ通りに。ヌックは咆哮した。

「セレルラルモー!」

「彼女いんの?」

唐突に彼女がわたしの肘窩をつねってきた。なんでわたしに彼女が……?わたし同性愛者じゃないし、それにそもそも誰も愛したことないの」

彼女の墓は大量のサボテンで埋め尽くされた。サボテンは色とりどりで赤色のもあれば緑色、黄色のも、青色のもあった。彼女の葬儀は荘厳にとり行われた。サボテンをみんなで食べていると彼女の霊言が聞こえた。

「わたしの肘窩をたべなさい」

ラクダは彼女の肘窩を食べて、瘤が三倍になっていた。

「食べるのをやめなさいよ」

わたしはラクダに声をかけたが、砂の中から用心棒がでてきて、ラクダをなぎ倒したので押し黙った。

2020年10月25日公開

© 2020 猫が眠る

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"熱帯雨林の記憶"へのコメント 1

  • ゲスト | 2020-10-26 15:53

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