僕はびっくりした己の背中のその反応にもびっくりした。僕は振り返って正人くんを見た。すると正人くんは、そんなことは見抜いてますよ、という所懐を目で伝えてきた。僕は正人くんのそれを一瞬で認めることができた。それゆえ僕は、君に所懐を見抜かれたよ、という所懐を目で彼に返したのさ。
僕は正人くんに聖良ちゃんへの秘めたる想いを白状した。正人くんと私的な話をしたのはこのときが初めてだったんじゃないかなあ。僕は聖良ちゃんに一目惚れしたこと、彼女をテークアウトするためにこの店に潜入したこと、それから彼女が好きだと言っていたローライダーを買いその納車が明後日に迫っていることも彼に話したんだ。
僕の目から見た正人くんの印象を話そう。彼はなんていうか、うん、冴えない男の子さ。一重瞼で、黒縁眼鏡をかけていて、おでこは前髪に幽閉されていて、背は高いんだけどひょろひょろしている。彼から発せられる雰囲気や乗っている50ccのスクーターを見ても育ちの良さはまったく感じられない。彼のその佇まいは僕に、ろくな高校生活を送れていないんだろうなあ、という思いを常に抱かせた。
「聖良ちゃんについて何か知ってることはないかな? どんなことでもいいんだ。たとえばキーボードの入力方法とかは? ローマ字入力派なのか、かな入力派なのか」と僕は正人くんに尋ねた。彼はアルバイトの中で古株のほうだったし、聖良ちゃんと同じ十七歳だったし。正人くんと聖良ちゃんが喋っているところを一度も目にしたことはなかったけど、三か月前から店でアルバイトしている聖良ちゃんについて少しは何か知っているだろうと思って、まあ訊くだけ訊いてみたのさ。
「聖良のキーボードの入力方法は知りませんがイヤホンはインナーイヤー型派だって言ってました。あと聖良について僕が知っているのは、好きな言葉は『嫌い』という言葉だってことと、十五歳まで頭痛薬のことを頭痛を誘起させる薬だと思ってたってことと、『癌細胞を弔う寺院がないのはおかしい』と思ってるってことと、歴史上の聖人たちを『神聖という名の誘惑に負けた人』って呼んでることと、それからあとは好きな男性のタイプくらいですかね。あ、彼氏はいないって言ってました」
正人くんのこの発言は僕に喜悦をもたらした。どうせ聖良ちゃんには彼氏がいるんだろうなと思っていたからさ。
言わずもがな僕は正人くんに、聖良ちゃんの好きな男性のタイプを教えて欲しい、と懇願した。すると彼は渋ることなく教えてくれた。
「聖良はレインボー・アフロの男性が好きって言ってました。あと服装については、エアロビクスウェアを身にまとっている男性が好きって言ってましたよ、上下蛍光色のスパンデックス素材のエアロビクスウェアを着ている男性が好きだと。そうそう、その格好でレトロなラジカセを担いでたらもう完璧だそうです」
正人くんのこの発言は僕に一驚をもたらした。聖良ちゃん自身の「ローライダーが好き!」って発言にも驚いたけど、レインボー・アフロでしかもエアロビクスウェアを身にまとっている男性が好きだなんて、そこまでファンキーな男性を好むような娘に聖良ちゃんは見えなかったからだ。でもまあ何にせよ、彼のその情報は僕にとって有益この上ない。僕は正人くんに握手を求めて感謝の意を表した。
翌日の午前十時、僕は百貨店の開店と同時にその回転扉を誰よりも早く回した。
僕はまずフィットネスウェア売り場へ行った。そこで僕は蛍光色のスパンデックス素材のタンクトップと足首まであるタイツを何枚も買って、そしてヘッドバンドとサンバイザーとリストバンドとレッグウォーマーと白いフィットネスシューズを購入した。それから僕はカジュアルウェアショップへ行ってデニムのホットパンツを買った。
その百貨店内には小さな美容院も軒を連ねていた。僕はその美容院に迷わず飛び込んでみたわけだけど、そこにいた美容師のおばさんを見て、憚ることなく両拳を天に突き上げてしまった。都合よく展開される粗末な小説のような話――嘘みたいな話なんだけど、その美容師のおばさん、その人の頭がレインボー・アフロだったんだ! おばさんの頭は横から見ると七色の虹が架かっているようにカラーリングされていた(彼女のその頭について、これは彼女自身の口から聞いたことさ。おばさんは百貨店を盛り上げるために毎年ハロウィンウィークにはレインボー・アフロにしているとのこと!)。
僕は先導者であるおばさんの誘導に従ってバーバーチェアに腰掛けた。そしておばさんにこう言ったんだ。たしかチャールズ・チャップリンの言葉さ。
「うなだれていたら虹は見つけられない――ですよね?」
つづく
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