スター

飯田正也

小説

5,513文字

普段の私に仮託した主人公の架空な業務の一日です。ただ、ただ、時間の経過が高速に流れるように感じていただければ嬉しいです。

神戸駅から地下に降り、五分も歩けば、私の勤めるテナントビル地下入り口に入る。エレベータを待つ間、今日の段取りを再確認する。

 

八時三十五分打刻

課員との挨拶もそこそこにデスクからパソコンを取り出し起動。パスワードロックを外し十五インチの液晶ディスプレイに営業ポータル画面が映し出される。システムオールグリーン(グリーンではないが)と、いつも一人呟くと始業を知らせる鐘が鳴る。

 

八時四十分始業

朝の朝礼。今日は特にアナウンスするものはない。今月の売上処理〆日だけを伝達し、席に座る。

メールの確認をすると三十通届いている。いつもより少ない。メールを開いて読むだけで時間がかかる。メールの中身を見ることなく、表題だけで、判断しメールの削除。これで十八通になった。十八通のメールを順次見ていく。返信が必要なものは、忘れる前に送る。パソコンから目を離し柱時計を見ると、もう九時前になっていることを告げている。

 

九時零分

お客様からの電話が一斉に鳴り出した。お客も我々を一番捕まえることができるのは朝だということを知っている。出来る限り電話を少なくし、業務をこなすことが効率のよい活動でもある。

「主任、電話です」

―居留守を使えよ。そう思っている間にデスクの前の電話が鳴る。

「いつもお世話になっております。昨日のお問い合わせの件ですね、その件につきまして」

と適当に調べもせずに回答する。どうせ間違っていたら電話をかけてくるだろう。十分のロス。メールの返事も出来ていないが、諦めて次の仕事に取り掛からねば。手帳から今日のアポ取を行う。

「私、ニコニコ堂の飯田と申します。ご発注の件につきましてお打ち合わせいたしたく、本日お伺いして宜しいでしょうか」

この客も二週間前から気になっていた客だが、こちらが忙しくて満足に会話もできていない。そろそろ怒ってくるギリギリの状態で電話すると確実にアポはとれる。暗雲の隙間から、一条の光が落ち、まさに天から私のコールがあったような感じでいるのだろう。営業はニューコールだけでは仕事にならない、必要案件を打ち合わせし、回答を行い、契約しと多くの業務を一人でこなす必要があるのだから、客は一人でも少ない程よいのだが、どうしても抱えてしまう。

「ええと、今日は二時から空いてまして、明日ですか、明日なら夕方五時など、三日後となりますと」

結局、手帳カレンダーに埋め込まれたスケジュールを確認して明日の夕方六時の訪問となる。その間にメモが私に渡される。

(西村 総務宮城電話くれ。)

要点しか書かないメモに、せめて相手方の電話番号を調べてまわして欲しいものだ。携帯電話を取り出し電話番号検索。出てきた番号をメモに書く。

「ニコニコ堂の飯田と申します。総務課の宮城様はおられますでしょうか」

電話口でかなり怒っている。

突然とソフトウェアが届いたことに怒っているようだ。お客様の訴えは正しいが、時間が優先される。

「すぐに別のものに取に行かせますから。この度の件申し訳ございません」

事務の女性にメモを渡す。

「引き取り指示して、それに伝票修正も出荷取消し処理も、取りに行く時間が分かったら私にかならず電話して。宮城さんのところだよ」

一万五千円のソフトに五千円の運送手配費。大赤字だなと思いつつ、配車指示書には課長の承認印が必要だが、(不在承認)と書き込み事務方に渡す。もちろん課長は私の目の前にいるが、誰も不思議に思わない。事務の省力化こそが、絶対使命である。

もうこれ以上のロスタイムは許されない。

機器手配指示、契約条項の確認。見積作成、メール送信。注文データのエラー確認。経理弁明書作成。

これらの業務を朝一に行わないと全て、翌日にまわされる。

 

十時零分

「受付に桝村システムの田村さん他二名来社です」

「アイスコーヒー、それと、二番の応接に通しておいて」

月末になると突然の来訪が増えるものである。そもそも、彼等の目的は新規開拓がメインではない、ここに来たという実績を戻ってから社に報告すること。ただそれだけしかない。彼等の依頼を無碍に断ると後々面倒になる。彼等の気持ちも分かるので、三十分だけ面談時間をとってあげている。

五分遅れて名刺交換。雑談二分。

「ところで、何かありますか」

何か仕事欲しいというサインを送ってくる。そこで、回りきれていない商談を三件渡す。

「他社も来てますから、注意して早めにクロージングしないと、うちも困りますので」

この案件、先月も何処かに紹介したと思うな、それに、今月に入っても数社に紹介した記憶があるが、忘れた。名刺の数だけが増えていく毎日。そう考えながら、恩だけは売っている。

営業たるもの、油と恩はただなので、積極的に販売している。用件もなくなり、そうそうに帰ってもらおうと思うと、先方もゴミ案件を渡してくる。どうせ他にも喋っているだろうなぁと思いながら話をあわせる。

「どうです? 一緒にやりませんか」

大体、単独でできないから、このような話を持ち込んでくる。はやく一緒にやらせて欲しいと素直に云えないから時間が無駄に過ぎて行くのだ。このゴミ案件も商談原石として手元で磨くかどうか悩みつつ、断る理由がないので、受ける。十五分オーバで帰っていただく。飲み残しのお茶の片付けを行い、早々に応接室を空ける。

席に戻ると、伝言メモ五件。メールをチェックすると十二件追加。

午前中必ず連絡欲しいとの依頼二件を片付け、残り三件は電話したという証拠のみのこし伝言をおいてもらう。急ぎならかかってくるだろう。

メールの用件を確認しつつ、経理から電話がかかる。

「先月の入金遅延まだ回答ありませんが、どうなってるんですか」

社内にあって内には強権発動ができる経理部がすごんでくる。

「調査中です。担当者と連絡がとれないので、明日中にはメールでも回答します」

これで猶予もらう。絶対に明日には回答するつもりはない。

課長がおもむろに書類の束を渡す。「今月の売上予定物件チェックしておいてね」

束をひったくると、赤ボールペンでチェック印をつける。

「ちゃんと見てよ」

課長のクレームであるが、目の前にいるが無視する。時間がないのだから、しかたがない。

「売上漏れは、経理から連絡あるし、今月未報告の案件三件あるので、問題ありませんよ」

未報告の案件三件など嘘である。そうしないと、誰も納得できないから少々の嘘は平気でつく、嘘発見器でも反応には現れないだろう。それが、正しい解答だからである。後になって予定金額と合わないという問題は出てくるが、過去にこの部署で予定通り数字が合ったことがない。予算の割り当て金額が明らかに間違っている。一人あたり年間六億の売上。まず無理。だからやらない。万年C評価の部署があがいて数字を叩き出しても、B評価である。やる気よりは、いかに裁くかが大事になってくる。ボールペンを走らせている間にも、電話がかかってくる。

「この前の見積もりですね。ええっと、この金額足し算の合計間違ってますね。すみません。きちんとチェックしますから」

エクセル合計が間違っているのはよくあることだ。新人に作らすと、完成度は低いが八割出来て良しとする。今回は足し算の合計金額が間違っていただけ。直しを指示してFAXをさせる。

やばい、十一時過ぎてる。

 

十一時十五分

「プリンタ壊れてる。すぐ来て」

トラブル発生。もうダメ。終電コース確定となる。

「修繕費がかかるのですが、お客様の故障箇所はどこですか」

「とりあえず、すぐに来て」

「作業員の訪問には、交通費が発生します。お客様の機械は保守契約に入っていますか」

「そっちで調べて」

「障害プリンタの号機を教えてください」

「わかんない」

「機械の裏面に張っていますから、番号教えてください」

「5578ですね。これは弊社で納入したものではありません、対応出来ません。納入業者にお問い合わせください」

トラブル回避。今回の球は危険球に近いスレスレといったところである。散々怒鳴られ、障害機器を確認したところ他社の製品であることはよくあることだ。現地に行かなかっただけ良し。

この電話対応で十分が過ぎ、伝言メモ(大至急)客に電話する。電話口からおろおろした担当者の声が聞こえてくる。

「展示品用の機械入ってきたんですが、どうすればいいんですか」

「デモ機入る予定でした?」

「今業者さん来てるんです。これ何処で預かるんですか」

親しいお客様はうちの天の味方である。

「すみません、預かってください。すぐに対応しますから」

「え、でも大きいです箱が」

「お願いします」

運輸に電話すると、なるほど今日デモ機搬入予定。日付ミス。大型プリンタ3台。確かにデカイ。貸し出し期間を一週間伸ばしてもらって、強引に客先で預かってもらう。解決。

谷尾商事に電話を入れ、注文書の差し替え依頼。

「注文書間違っていますから、当方で訂正して工場出荷しましたから、明日倉庫入ります。えっ注文取消しですか? もう無理です転売たのみますよ」

新手の押し売りとして、強引に押し付け納入。三ヶ月以内に転売先を見つけてくれるだろう。あの課長なら大丈夫。この手のトラブルは対応を誤ると、すぐに懲戒をくらうのだが、谷尾商事は安全牌間違いなく、転売してくれる筈。

そう思っているが不安なので、工場出荷品配送破壊交換手配指示書を一枚作成。最悪これで工場に強制的に送り返す。長年会社にいると、悪知恵のノウハウだけはよく貯まる。

十二時のチャイムが鳴ると、休憩。前場が終わった。もうヘロヘロ。一斉に電話が鳴り止み、メールの返信時間に充てる。また、新規のメールが五件。一通りメール返信を終えると食事。

蕎麦屋に入り、本日のランチを注文する。蕎麦と麦ご飯。八百円のランチではあるが、店がないので、しかたがない。事務所に戻り、ヤフーニュースをパソコンで眺め後場に備える。手帳を見る。驚くなかれ、午後二時客先打ち合わせ。

昨日も確認してたのに、忘れている。大事の前の小事。見積が出来ていないことは誤魔化しできそうだが、メンバーが揃っているかが不安。関連各所に電話すると、もう移動している。ヤバイ。あわてていくも、哀しいかな十二分遅れで打ち合わせ参加。会議中。携帯電話の振るえ止まず。メール四件、伝言二件。

午後三時五分営業発言一切なしのまま、会議終了。別室に呼ばれ、課長、係長を前に怒られる。客先から出されたコーヒーの味気ないこと。

午後三時二十分営業解放。

シャバの空気はうまい。

午後四時三十分汽車で帰社。交通費清算はバスの往復料金も含んですこし大目に報告。あと、公衆電話代も三十円忘れずに申請。軽犯罪法に抵触しているが、日々の生活も大事である。

五時十五分。売上伝票処理。もう確認する量を超えている。四十枚くらいにデート印を押し、処理を依頼。本日の売上完了。

五時半終業。

あわてて、夕食を食べに行く。今夜のメニューはデパ地下弁当半額。お茶も飲まずに、食い。六時より残業突入。

六時を過ぎても客はいる。見積りの食い違いで電話バトル。

「ですから、この機能は前回の打ち合わせ、いらないということで、外していますよ」

「保守時間が休日入っていないですか? 前回説明しましたが、深夜にコールありましたか? 誰が深夜電話するんですか要りませんよ」

「機器性能が低いのは、お客様の要求仕様書通りで、弊社の問題ではありませんが」

この手のトラブルは下手に出てはいけない。押すべき時は押し、引く時は引く。あくまで駆け引きであるから、どうしても長電話になる。電話相手も強引であるので、間をとって妥協。つかれた。

七時には、新たな見積り作成に取り掛かる。適当見積り。二千万くらいの内容に適当に作る。こんなもんで出来るだろう。という感覚。誤差二百万差と見る。課長不在承認とし、押印。FAX

八時から電話もなくなるので、明日の準備に取り掛かる。返信できていないメールに返信。

また六件メールが来ている。涙。クレーム二件。要望一件。エロメール三件。要望一件を残し、エロメールを三件見て想像し、削除。クレームは開かず削除。電話できない相手にお詫びメールを打つ。

契約書作成。合計金額、納品日、引渡日間違いがないか確認し、袋とじ作成。二部完成後に契約件名に誤り発見。やり直し。

九時半

課会の資料を作成。予算達成度六十七パーセント。低い。反省もなく、新商品説明資料を印刷。八部印刷するも、トナー不足のため不鮮明。廃棄。トナー交換。コピー機の用紙替えとトナー交換作業がどうしても人一倍多いと錯覚している。

十時。資料作成完了。

十時十分コーヒーを飲み漸く休憩。

明日の納品機器の確認。搬入場所立ち入り申請書作成。作業員経歴書作成。搬入予定車両は自分の車の番号。こんな感じかなと一人納得し十時四十分終わる。

十一時、作った資料に判子を押し、PDF化して送信。漸く、一人になった事務所で、注文書修正。十一時十五分。最終乗れず。タクシー決定。

十一時三十五分、フロアーの電気を全て消し事務所を出る。

たまたま昨日と同じタクシーに乗車し帰宅を急ぐ。運転手と会話する。

「いつも遅いね。これから風呂入って、寝るんだろう。いつも何時間寝てるの」

疲れているが、命を預けているタクシー運転手、眠らせてはならぬと会話を続ける。

「三時間ちょっとかな」

間を置いて運転手が云った。

「それ、寝る時間がないスターさんと同じだね」

 

いったい、誰が私を応援しているのだろうか、タクシーの後部座席の車窓から流れるように見るアーク灯の光を数えながら、私は一人ぼっちのスターの気分を味わっていた。

2008年12月8日公開

© 2008 飯田正也

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