【 30秒で読める話:03 】中華丼は悪くない
「おまち!」と言われて、彼は顔を上げた。
ラーメンを頼んだはずだった。
だが、目の前にあるのは中華丼だ。
忙しなく動き回る店員の背中を見ていると、何も言えなくなった。
自分は最初から中華丼を頼んだのだ。
そう思うことにした。
そして、泣きながら中華丼をかきこんだ。
彼にとって中華丼は、プルーストのマドレーヌだった。
もっとも、プルーストを読んだことなかったが。
子ども時代のささやかな豊かさと、現在の貧しさが、
手を取り合って頭の中で踊り始める。涙で滲む視界の向こうに、
先日バックレた冷凍食品の工場の風景と、カチカチの羽付き餃子が手裏剣のように飛び交った。
これでいい。だれも傷つくことはない。そう彼は思った。
「すいませーん、中華丼まだ?」
背後から、おばさんの声が響いた。 ピタリと動きを止めた店員が、
中華丼をかっ込んでいる彼をじっと見た。
店内に、重苦しい沈黙が広がる。 ――やはり、自分に過失があったのだ。
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