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ぼぬうるび

眞山大知

小田原を舞台にした怪談です……と言いたいですが完全なネタ作品です。

去年の11月、文フリ東京直後の破滅派打ち上げに参加してべろべろに酔っぱらい、気づいたら小田原の友人たちのグループLINEに「ボヌールビ」というわけのわからない単語を打っていました。語感がいいので、せっかくだし小田原の伝説の妖怪としてでっちあげたく書きました

タグ: #ホラー #童話

小説

4,312文字

小田原駅東口の立ち飲みバーで一緒に飲んだAさんから聞いた話である。

Aさんは地元っ子で、小田原北条氏が築いた総構そうがまえのなかで生まれ育った。

小田原は室町時代からある古い街で、しかも豊臣秀吉に攻められたこともあり、小田原城のなかには幽霊が出るという噂が絶えない。

しかし、Aさんから聞いた怪談は小田原攻めも北条氏の落ち武者などもまったく関係なかった。

 

 

小田原市の中心部、国道一号線を箱根方面に走行すると、小田原城の百メートル手前あたりで道が突然クランクをして旧東海道と合流する。合流してクランクを抜けると、真正面にごつごつとした箱根の山が広がっている。

このクランクの角のあたりがAさんの実家だった。

Aさんの通う小学校は小田原城の三の丸の跡に建っていたが、Aさんは入学式の直後のことを一生忘れもしないと言った。

入学式の直後、体育館に子どもたちだけ集められた。そこにいたただ唯一の大人は神職の装束を着た老人だった。老人が太鼓を鳴らすと、Aさん含めて同級生たちが頭を下げさせられ、お祓いを受けた。

老人は明らかに日本語ではない言葉をぶつぶつと唱えてお祓いをし、終わった後、Aさんたちへ「これで五年持てばいいのだが。『ぼぬうるび』が来るのは突然だから用心はできぬし、それに悪しき心をもつ子どもがいたらお祓いなんてまったく無意味だ」と独り言のように言った。

 

 

小田原ではむかしから、七歳から成人するまでの子どもは、たとえどんなに暑くても、海側の窓を夜に開けてはいけないと戒められている。

Aさんも三年生までになるまで律儀に戒めを守っていた。

しかし四年生の夏休み、Aさんにだんだんと自我が出て、戒めがある理由を大人たちに聞いたが「バカなこと言うんじゃない!」と恐ろしい剣幕で叱られた。Aさんは納得いかず、ある夏の日、ついに戒めを破ることにした。

小田原は間口が狭く、奥に長い、いわゆる「うなぎの寝床」が多い。Aさんの家は建て替えたばかりだったがほかの家同様、奥に細長く、三階建ての二階にあるAさんの部屋は、当然海とは反対方向に置かれていた。

どうしたものかなとAさんが思っていると、同級生のBくんから、Cくんの家に泊らないかと誘われた。BくんはAさんとCさんの共通の友人だった。

Cくんは東京から越してきた一家で、ぼぬうるびのことを信じてなく、小学校の南側、国道一号線に面しているマンションに住み、Cくんの子ども部屋は海に面していた。

AさんはCくんを嫌っていた。東京生まれだということを鼻にかけてやたらAくんを馬鹿にしてくるのだ。

Aさんはふとひらめいた。――せっかく戒めを破るのだから、嫌いなCくんを巻き込んでしまえと。

八月の蒸し暑い夜、両親に連れられAさんはCくんのマンションに行った。

人のことを馬鹿にするCくんだけあって、内装も家具もお洒落で、子ども時代のAさんでさえ、それらが高そうなものだとすぐに察した。

AさんはリビングでBくんとCくんと一緒にゲームをして遊んでいたがCくんがやたらAさんのプレイを邪魔する。さすがにBくんも嫌だったらしく、Cくんを注意をしていたが、Cくんは聞く耳を持たなかった。

三人の両親もマンションにいたがいつのまにか外出していったので、ゲームで遊び終わったとき、マンションには子どもたちしかいなかった。

あの不気味な夜のことはどう表現しても伝えきれないと、Aさんはわたしに語った。

三人でCくんの部屋に入り、Aさんは窓を開けようと提案した。Cくんがすぐ「じゃあ俺が開ける」と手を挙げた。

窓のサッシの鍵をCくんが開ける。

しかし、急に戒めのことが気になったAさんは、Cくんに「やっぱりやめようか」と言った。

Cくんは「へー、怖気づくんだ。お前ってショボいな」とあざ笑い、窓を開けた。

吹きつけてきた夜風は潮の匂いが混じっていたが、地元っ子のAさんでさえ、そのときの匂いのあまりの強さに驚いた。そしてその匂いはいきなり、磯で藻が腐ったような臭いと、錆びた金属のような臭いになった。

BくんがCくんの手をとり「臭いし閉めようぜ」と言うやいなや、突然絶叫した。

窓の外は西湘バイパスを覆う黒々とした林があり、林の向こうで、相模湾が満月の月明かりに煌めいている。

その相模湾の海から音がする。いや、あれは声だった。それは人の声のようでもあり、鐘の声のようでもあり、金属がきしむときの甲高い音のようでもあった。

「マイジウォウ……」

そう聞こえた音がすると、相模湾の水平線の向こうになにかが見えた。

それは巨大な棒のようで、棒は六本飛び出していた。西に三本、東に三本と二対で立っているそれは、棒の途中が折れ曲がると、まるで海が壁になってそこに指をかけるように、海面をつかんだ。

そして海面から乗り越えるように、巨大な、巨大な顔――真っ青なカラスの顔が現れた。広大な相模湾の夜空は、おかしなぐらい大きいカラスの顔に埋められた。

AさんはBくんとCくんと三人で抱きつき、床に膝から崩れ落ちた。

カラスはだんだんと全身を現すと、マンションの窓の外までぬっと近づいてきた。

窓の外いっぱいにカラスの目があり、三人をじっと見つめた。

「ああ、ああ、許してくれ!」

Cくんが泣きじゃくる。カラスはためらうことなくくちばしをこの部屋にねじこんだ。

突然、背後から大人たちの絶叫が聞こえた。Aさんが振り返ると、Aさんの父がカラスに向かって指をさし、「出たな、ぼぬうるび!」と怒鳴りつけた。

 

 

Aさんの記憶はいったんここで途絶える。

Aさんが目を覚ますと、神社の拝殿の床に寝かせられていた。

隣にはB君が寝ていて、周りにはAさん、Bくん、Cくんの両親のほか、Aさんの親戚や、近所のおじさんたちとおばさんたちが、険しい表情で正座をしている。

Aさんはおそるおそる聞いた。

「Cくんは?」

するとCさんの母親がわっと泣いた。

Aさんの母親は𠮟りつけるような口調で、「食べられたよ、ぼぬうるびに……!」と言った。

拝殿の奥から、神職の衣装を着た老人――小学校の入学式の直後にお祓いを受けたあの老人が出てきた。

咳を一つすると、老人はAさんに語りかけた。

「戒めを破っな。しかしどうするか。たぶん、小田原の子どもたち全員がぼぬうるびの鳴き声を聞いてしまっている」

老人は頭を抱えて、AさんとBくんに「いいか、これからお前たちは掟を守ってもぼぬうるびを見てしまう。あれの顔を見てしまったからな」というと、一枚の紙を取り出した。

それは黄ばんだ和紙でところどころが破れていた。

「お前らの見たのはこれだ」

紙には奇妙な漢字が並んでいた。

 

――伯奴烏碧

 

「あの妖怪の名だ。中国の言葉で『ぼぬうるび』と読む」

なぜそう読むのかとAさんが質問する前に、老人は淡々と語りはじめた。

その昔、中国に明という王朝があった。だが異民族である満州族の侵攻によって国は滅び、各地で戦が起き、多くの漢民族が殺された。死者たちの霊は死後の安寧を天に求めた。彼らは一匹のカラスとなり、空を飛び、天帝に会いに行った。

天帝はカラスに言った。

――仕えるならば、名前を与えよう。伯奴烏碧ぼぬうるびだ。伯とは序列の上位を示す文字であり、奴とは命じられる者を示す文字。カラスの王であり、天帝の奴隷である、あおいカラスにしよう。

伯奴烏碧は天界の序列に従うため、人の知能を捨ててカラスまで知能を下げた。

天帝を疑わぬため、肉体から邪な欲を起こさぬため、体を金属へ変えた。

だが天帝たち展開の住人は伯奴烏碧を欺いた。

伯奴烏碧は酒を好んだ。伯奴烏碧が天帝からもらった金で酒を買って飲むと、神や仙人たちが指をさして嘲る。

买酒王マイジィウォン――酒買いの王。

王と呼ばれながら馬鹿にされ、酒を与えられながらも満たされることもない。

やがて伯奴烏碧は、自分を助けてくれた天界の住人を恨みだした。

しかし伯奴烏碧は天帝の奴隷であったため、反抗することすらできない。

伯奴烏碧は天から消え去ることにした。海を渡り、日本の沿岸をさまよい、ここ小田原にたどりついた。

江戸時代の小田原藩の記録に「夜の海に、真っ青で巨大な怪鳥がいる」と残されている。その体は金属でできていて、羽は折り重なった鉄板である。脚の指は巨大な柱のようであり、胸には奴隷に彫られる入れ墨のような印が刻まれていたという。

小田原は宿場町であり、大名も庶民も、箱根越えをする前に宿泊する。

宿泊した客の中でも、伯奴烏碧は特に、偉ぶっていて他人を見下す人間を見つけるとたちまち襲い喰っていった。

ただ、日本にやってきてから数百年した現代では伯奴烏碧の力は衰え、自分より非力な子どもも襲うようになった。

老人はそう語り終えると紙を畳んでAさんとBくんに言い聞かせた。

「今のぼぬうるびは子どもも喰う。特に偉そうにしている子どもを喰うのだ。自分より下とみなしたほかの子をあざけあらう子どもほど、ぼぬうるびの食欲をそそらせるものはない」

 

 

夏休み明け、Cくんの席の上には花が手向けられていた。

Bくんは次第に痩せこけいき、中学生になったころ、どこかへ失踪していまだに行方不明になっている。

Aさんはあの日から、三十歳過ぎになるいままで一日も熟睡できた日がない。

――目を閉じると、あの「マイジィウォウ……」の声が聞こえるからだ。

さらに不幸なことにAさんは優秀だった。Aさんがあまり仕事ができないひとだったら、他人を見下すことはないだろう。

しかし優秀なAさんは競争社会で勝ち続けた。勝ち続ける人は、だんだんと勝てなければ生きる資格がないと思うようになり、その不安をごまかすため、能力のない他人を見下す。

就職した会社で同期でいちばん先に昇進の辞令が下ったその夜、Aさんの夢の中にぼぬうるびが出てきた。

ぼぬうるびは海から顔を出すと、巨大な口でAさんを食べようとした。Aさんは必死に抵抗しながら「もう二度と同期を見下しません!」とぼぬうるびに誓った。

Aさんが夢から覚めて目を覚ますと、部屋のなかに、金属状の羽のようなものが散らばっていた。

 

 

Aさんからこの話を聞いて以降、わたしは無意識のうちに海の方角を避けて歩くようにしているし、出会った人には感謝の心をもって接するようにしている。

もし小田原の海岸で、海を見ながらひとを見下すようなことを考えてしまったら!

相模湾から巨大なカラス――ぼぬうるびが急に顔を出して、金属音のような不気味な声を放つだろう。

「マイジウォウ……!」

そして傲慢なわたしは、あの話をして一か月後に亡くなったAさんと同じく、ぼぬうるびの餌と化してしまうのだ。

© 2026 眞山大知 ( 2026年1月25日公開

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