花酔の豫感

昭和餘年の出來事(第3話)

幾島溫

小説

744文字

死ぬ時期が近い人の顔がお花に見える人の短い話です。何処か架空の國のお話。

 顔が花に成って居る。

炎天下の中、本屋に出かけた帰りに何時もの土手を歩いて居ると、日傘を差した和装の女性の顔が大きな白い花に成って居た。
顔の上に大輪の花が咲いて居るのではない。顔が花に成って居るのだ。
と云うか正確には花に成り掛けて居る。
よく見ると、重なる花びらの下に人間の唇が見えた。
その儘視線を外すと彼女と少し離れた場所に立って居る少女の顔も白い花だった。
完全なる花。

 

 

 

始めてその花を見たのは5歳の時で、相手は隣の家に住んでいた7歳の女の子だった。
僕は彼女を姉のように慕いながら、淡い恋心を抱いて居た。
或る時、彼女の顔は少しずつ白い花びらで覆われ始めると、やがて白い花に変わって行った。
驚いた僕が、周りの大人や彼女自身にそのことを話しても、皆子供の戯れ言として取り合わなかった。
花が見えたのは僕だけだった。
彼女が亡くなったのはそれから7日後だった。

 

拾七年の夏、戦況は順調で、僕たちの国は敵国の領島へ攻め入って、敵軍を島の一角へ追い詰めて居ると云う。
「皆頑張って居るのだから、君達もがんばれ。がんばれ」
顔の見えない皆は、何時でも何処でも此様な調子だ。
街では二十歳を超えた男性は国の招集を受けて北の大陸や南の島へ行って仕舞い、残って居るのは老人と子供ばかりになって居た。
やがて十八歳の僕も国から招集を受けると、薄茶色の軍服を着せられて、南方の島へ船で送られた。
海の彼方に島がその姿を現すと、白い花が咲き乱れているのが見えた。
山に、木々に、そして浜辺に。
壮観だった。近くで見ると、花酔いを起こしそうだ。
僕は暫し、その美しさに目を奪われる。
やがて船が島へ近付くと、僕は漸く気が付いた。
白い花が皆、薄茶色の軍服を着ているということに。

 

2024年10月19日公開 (初出 2017/8/31 個人ブログ(現存せず))

作品集『昭和餘年の出來事』第3話 (全4話)

© 2024 幾島溫

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