善良なる俺がゴキブリに転生した後スピリチュアルカウンセラーになった話

幾島溫

小説

3,311文字

Gの描写があるので、そこは注意して自衛してね。あんまり気持ち悪いのは豫め伏せ字にしておいたけど……。

前世の記憶がある状態で転生するなんて、一体どんなバグなんだよバカ。益々一層神を呪うぜ俺は。

生まれ変わって目を開ければそこはまた真っ暗い場所で、同士がひしめき合っている。あー、「同志」って思ったけど、それは肌感。そう、何となくの感覚では何とも思わないんだけど、人間だった頃の記憶が残っている俺が自分の頭、頭脳で判断して見ると、ぎゃーーーーー!!!ってなる。なるけど音声にはならない。
目の前には巨大なゴキブリ、ゴキブリ and more。等身大の、やつらがいる。
XXくXXる体躯。
おぞましさを煽るXXがXXXXX、XXX。
いや〜〜〜。俺はこの目の前に在るモノを言葉にすることすら忌々しくて、何にも言葉で捉えたくないぜ。
みんなだってそうだろう?
しんど。と思ってため息を吐いた俺の羽が震える。そうだ、俺はゴキブリだ。じっと見つめるその手はーー嗚呼、何も聞かないでくれ。

命があるうちは食べなくちゃいけない。
忌まわしい肉体に生まれようとも、俺は俺だ。
食べ物の匂いを探して俺は仲間と別れると一人で木の床を駆け抜けた。
人間に見つからないように、薄暗い場所、何か大きなモノとものの隙間へ。とにかく細くて暗い場所へさえいけば良いと考えていた。
俺だって何も人間を困らせたいとか、そんな風には思ってはいない。
人間と俺たちは、お互いがお互いの知らないところで共存していけば良いじゃないか。
万が一、顔を合わせてしまうと、特に人間の方は驚いて叫び声をあげ、感情を大いに乱すし、泣いたり家から出て行ったり何処かへ電話をかけたり、あちらこちらの棚を忙しなく開けては閉めてを繰り返して殺虫剤を探すなどをするから、本当に大変なのだ。
俺は自分が殺されたくないからこんなことを云うのではない。うろたえる人間たちを見ていると、とても可哀想になるのだ。だからね。

ふ・と、俺は何とも言えず甘くて芳醇な香りを感じる。
これはなんてうまそうなんだ。俺の本能、細胞の隅々まで食欲で突き動かすような力を持った、とんでもない香りだ。
ああなんて、美味そうなんだ。
その匂いはどんどん強くなり、引き寄せられるようにたどり着いた先には灰色の四角くて硬い箱があった。
この入れ物には見覚えがある。
これは確か、俺がこの前死んだ時に食べていたゴハンだ。
そうだ、これは俺たちにとってはゴハン、ただし毒が入った。
人間側の言葉で言えば、ホウ酸団子の一種だ。
俺がこの生き物に転生するのは初めてではない。
もう何度もゴキブリとしての生を繰り返している。
そういえば、今日は何年の何月何日だろう。

俺は薄暗い所から広い場所へと出て、この家のカレンダーを確認しようとする。
カレンダーというものは、大体壁に掛かっているもので、俺は木造の床の真ん中に立ってキョロキョロと辺りを見回す。
するとその瞬間、
「おとーさーーん!! ゴキブリ!!!」
女の子の甲高い声が響いて、はっと上を向くと大きな目が俺に嫌悪と恐怖の視線を注いでいた。
「どこだー?」
今度は低くて太い声、そしてどすどすと足音が床を震わせる。
まずいな。
俺は走る。
「こっちだよー!」
逃げる俺を指が差し続ける。
どこだ、隠れる所。
ないのか?
本能的に死を感じている俺はとにかく全力で走って逃げる。
「こいつだな!』
頭上に響く低い声、と思うまもなく
「死ねえええ!!!!」
ぷしゅーっと白い煙が俺を包んだ、かと思うとあっという間に息ができなくなった。苦しい。
逃げようにも体は思うように動かず、それでも生きようとした俺は必死でもがいて、そしてそのうち仰向けになってしまった。
あー、また死ぬのか俺は。
嫌だなあ。
ぼんやりと上を見ていると、視界にカレンダーが入った。

【2021年7月】

あー、なんだ、まだ7月なのか。
この前死んでから、1ヶ月も経ってねえじゃん。

「お父さーん、新しい殺虫剤スゴイね!」
「新製品だからな、科学の勝利だよ。これはスゴイな」
まるでCMのような会話を聞きながら、俺は息絶えたのであった。

 

 

そんな風にゴキブリとしての生と死をだいたい100回くらい繰り返した後に、俺は再び人間として生まれた。
どうして虫に……しかも人間に最も嫌われ倒しているゴキブリなんぞに生まれる必要があったのか。
今となっては思い出せないけれど、きっと何か必要だったからそうなったのだろう。
ーーすべては学びーー(^-^)v

過去世の記憶が残っているのは非常に珍しいことらしく、今の俺は何だかそういう、いわゆるスピリチュアルなことを言って人に喜んでもらうような仕事をしている。

そういうことをしているうちに、人の縁って不思議なもので、俺はこのちから……と皆んなが呼ぶからちからなのかは知らんけど、この記憶と経験を生かして、とある製薬会社の殺虫、ゴキブリ退治の研究開発の特別顧問として就任することになった。
ゴキブリというものは学習能力が大変高く、また耐性もすぐにつくものだから、折角殺虫剤を開発しても、また新しく作らなくはならない。
これ以上、いたちごっこを繰り返さなくて済むよう、何かいい方法はないかということで、研究のために俺の意見が聞きたいということだった。

俺がこの約9年の間に学んだことは、以下のようなものだった。
まず、ゴキブリと人間の時間の感覚は全く違い
人間の3日は1年、30日は10年、1年は100年、とだいたいこんな感じだ。

それ故人の人生よりも、転生する間隔が短い。
人はおおよそ100年で転生すると言われているけど、それがゴキブリだと1年くらいの間隔になる。
とはいえこれは天寿を全うした時のものだ。
ゴキブリというのは大抵不慮の事故や病気、毒などで死ぬことが多い。
そういった場合は通常より早く転生できるようだった。だから俺の場合は、10日や1ヶ月後の転生が頻発していたのだろう。
ゴキブリに同じ毒を撒き続けていると、学習をしたり耐性がついて効かなくなるけれど、それは情報を共有したり進化したりしている訳ではなく、同一の個体が記憶を保持した儘で、転生し続けているからである。
だから同じものを置き続けていると覚えられて、忌避されるのだ。
効果を感じなくなって、当然だ。

ということは、だ。
いくら良い殺虫剤を開発したところで追いかけっこは永遠に終わらず、ゴキブリと人間による争い、殺戮、そして略奪の日々に終わりが来ることはない。
ゴキブリの魂が転生することを封じなければ、真の終わりは来ないのだ。

「以上のことを踏まえて、ゴキブリを真に封じ込めることに有効なのは、神としておまつりすることでしょう」
「神として!?」
会議室で俺が発言をすると、研究室長はとても驚いた声を出した。
「おまつりすることで、ある種の封印と云うのでしょうか、死んだ魂をそこに縛り付けて動けないようにしてしまうのです。そうすれば、記憶を持ったゴキブリは生まれて来なくなります」

こうして俺の提案で「黒稲妻社」が創建された。
お供物には時折、ブラックサンダーが備えられていることがあって、何か勘違いしてないか? って思わなくもないけど、あいつらは甘いものも好きだし、まあ間違ってはいないのかもな?

ゴキブリたちをおまつりするようになってから、去年の殺虫剤がもう効かないという話は聞かなくなった。
きっと俺の転生封じの作戦が成功したのだろう。
しかし、俺は恐ろしいことに気がついてしまった。
彼らの魂は輪廻 and 転生の運動を止めてしまい、業(と書いてカルマと読みます)を返すことが出来ないから、いつか人間に生まれ変わることも出来なくなったのではないだろうか。
そのことを思うと申し訳なく思うけど、でも俺には関係のないことだ。
知らねー!!
だって今、俺は人間なのだから。すべてのゴキブリは憎むべき存在。死ね!全員死ね!2度とこっち来んな!
と、こんな気持ちでいる時は決まって脳みそに一筋のデジャヴが走る。
ああ、俺のこの身勝手さが、俺を100回もゴキブリに転生させたんだっけか……?

まあいいさ、何にせよ。
ゴキブリたちのみたまよ、どうかやすらかに、眠れっ!!!!
えいえんに!!!

俺は鳥居の中でぱんぱんと手を叩いて頭を垂れた。

 

 

 

おわり。

2024年7月5日公開 (初出 2021/8/6 個人ブログ(現存せず))

© 2024 幾島溫

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