shooting star,over throw

幾島溫

小説

25,999文字

当時好きだった人が「長編1本書いたらご褒美に一緒に映画(變體村)見に行ってあげる」と云って呉れたので頑張って描いた作品でした。その人との関係は「きんいろワインの日」という話に書いてあります。

★2

「おかれつサマー」
半日の勞働を終えて店の裏口を開けると、其處にはあさひが居た。
「『おかれつ』ってなにさ」
「えへへ。新しいあいさつ。かっこよくない?」
「そうお?なんかヒレカツみたい。おかレツ、カツレツ。あっ!なんかカツ丼食べたいかも。あさひちゃーん、奢って」
「やーだー。自分で食べればいーじゃんっ」
「やだよおれだって。こんな夜遲くに食べたら氣持ち惡くなるじゃん」
「なにそれっ。ホントはいらないクセに。ばーかばーか」
「うるさい。てか、もしかしてずっと待ってたの?」
「べっつにー。なんとなくルリヲの仕事終わる時閒かなーって思ったら偶々そうだっんだもーん」
あさひは自轉車を押しながら僕と竝んで步き出した。家までは此處から凡そ十分くらい。珍坤家亭のある大通りからほんの少し中に入るだけで、すぐに果てしない暗闇が手に這入る。夜の住宅街はそこがほんとうに人々の安住の地なのかと疑いたくなるほど森閑としている。誰かの息遣いひとつ感じられやしない。
「そろそろ寒くなって來たね」
あさひが猫背で僕を視る。
「そだねー。さむいのヤだよう。新しいマフラー欲しいな」
「どんなのが欲しいの?」
「ちょっと待ったぁぁあ!」
力强い少女の聲と共に電柱から人影が現れた。若い娘だ、生娘だ。僕は自動的に彼女を値踏みする。えっとぉ、髮はロングか。正統派美少女かな。で、服は……っとぉ、なんとミニスカじゃないですかー。はぁはぁ。しかも足がキレイ。むちむちなのも好いけれど、すらっと直線的な足も堪らないね。顏は殘念ながらまだ判らないな。でもきっと可愛いと思うよ。ウン、そんな氣がする。
「下北澤ルリヲー!お前を倒す!かくごっ」
「え、え、え、え?僕ーぅ?」
件の推定美少女の人影は叫びと同時に、脇目も觸れず僕目掛けて走ってきた。ひいぃ。何だよ、何なんだよお。手に何か持ってる。まさか鐵パイプ?何でやねん。ただヒッソリと餘生を送りたいと思っているだけなのに。そりゃちょっとは、色っぽい事やエロっぽい事やカワイコちゃんとチョメチョメでにゃんにゃんしたいとか思ってるけどさ。でもいいじゃんか、その位願ったって!
咄嗟の事にどうしたらいいのかわからなくなった僕は、頭を抑えてその場にしゃがみこんだ。
―パシッ
頭上で快音鳴り響く。見るとあさひが僕の前に立ちはだかって彼女が振り上げたハリセンを兩手で受け止めていた。
「エヘヘヘッ。眞劍白刃取り。學藝會でやったことがこんな風に役立つなんてね」
「あさひたん!」
「うっ……何でっ……あさひさんが……」
兇賊少女はその場に崩れ落ちた。もう怖いものなんて無いね。折角カワイイっぽいのに何してんだよこの子。そう思って僕は顏を覗き込んだ。
「あれっ、キミもしかして今日うちのお店に來てなかった?」
「……あ、ハァ……」
「ほらほら、僕。珍坤家亭ラーメンの店員やってんだけど。覺えてないかな」
「あ……、ハァ……まぁ、エェ……」
彼女は俯いた儘顏を上げない。さっきまでもうだめだ漏れそうだ、と思っていたのがウソみたく尿意はどんどん引いていった。その代わりに表出した物は、ジェントルマンシップだった。
「キミがどんなつもりでこんな事をしたのか知らないけれど、誰にだって過ちというのはある物さ。若い頃の苦勞は買ってでもしろと言うし恥じる事なんて何もないんだよ。さあ顏を上げて」
僕は地面に座り込んでいる彼女に手を差し出した。けれど彼女は僕の手なんかに目も吳れず、一人でサッと立ち上がる。月明かりの下で見てもカワイイ子っていうのはカワイイんだな。長い睫毛が彼女の顏に影を作る。
「やさしいんですね、下北澤さんって。私池尻ゆうかって言います。今日の出來事で私スッカリ感激してしまいました。あんな事をしていて大變失禮なんですが、もしよければお友達になって頂けませんか?」
彼女の上目遣いが恥らっている事を物語っているように見える。
「喜んで!」
この瞬閒僕は戀に墮ちた。

 

2024年8月24日公開 (初出 2006年3月12日 個人同人誌)

© 2024 幾島溫

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