惑星間の戀愛

幾島溫

小説

1,313文字

戀人へのラブレターでした。僕の戀人は此の手紙を讀んで如何思うでしょうね? 喜んで呉れたら好いのですが……。

君の住む惑星までは星間聯絡輸送船で早くても1時間掛かるし、宙陸兩用車輛でも普通に行けば2時間、星間高速連絡道を使っても1時間と少しは掛かって仕舞う。
遙か昔の時代なら、僕らは屹度出逢うことすら無かっただろうし、出逢った處でこうして戀愛關係に發展したり、繼續させることなんて難しかったかも知れない。
僕らの距離は果てしなく遠いけれど、移動時間が1時間11分程……詰まり「カリガリ博士」一本分しかなくて、そのお陰で少なくとも僕はそんなに距離を意識しなくて濟んで居るんだと思う。そもそも僕は遠距離戀愛には向かないタイプなのだ。
君と過ごす時間は何時もあっと云う間で、初めて電話をした時なんて7時間が3時間位にしか感じなくて、それは一年經った今も變わらない。
君と僕との間にはどうも時空の歪みが發生して居るらしい。此處を上手く利用すれば君の惑星まで一氣にワープ出來るんじゃないかと思うけど、相對性理論っていうのはそう簡單なものでもないらしい。
時刻は午前三時過ぎ。
イヤホンからは君の寢息が聞こえ續けて居る。その音は何樣な環境音樂よりも、僕の脈搏に馴染んで心を穩やかにさせる。
此の時間を堪らなく幸せだと感じる。
僕は窻を開けて空を見上げる。
靑い月と一際大きく光る星、そして西の空に在る小さな光り、君が居る星、坂道の惑星。
僕は庭一面に咲いて居る花々に目を遣る。
幾つかは實になって居て、山高帽の形、プリン・ア・ラ・モードの形、レコード盤の形、それからざる蕎麥の皿の形など、みんなそれぞれ形が違って見て居て飽きない。
此の花は、君の惑星固有の種類で、僕が君と抱き合う時に服に附いて仕舞ったり、君から貰ったプレゼントの袋に入って居たり、或いは僕が君の星へ行った時に服や靴の裏にくっつけて持ってきて仕舞ったりした物で、氣が附けば此の一年の間に、僕の家の庭は一面此の花たちに侵されて居た。
此れだって、君と出逢わなければ見ることもなかった景色で、此れは君と僕とが共に過ごした時間の證で在るとも言える。
僕はもう、旧來もともと何樣な雜草が生え居て居て、何樣な石が轉がって居たのか思い出せない。
けれど僕は此の奇妙な植物たちの纖りなす景色は嫌いじゃない。
節操がない樣に見えて、根っこはひとつの所で繋がって居る此の植物は、まるで君と僕との會話の樣だ。
僕は手元のデバイスで庭の寫眞を撮った。
顏を上げると12月の銳い風が僕の顏面に刺さって、ああそういえば、あの時はカナディアンクラブを飮みながら外で君に電話して、つい好きって言っちゃったんだ、と思い出す。
——自信がないから自分から好きだなんてとても云えないわ。
君が何度もそう言うから、僕から好きって言ったのに。
なのに君は「そういうのはまだ早い」と言って僕の言葉を一旦保留した。
けれどもそれから30分後、君は自分から僕のことを「好き」だと告げる。
あの時から僕らは、殆ど大體每日言葉を交わして、お互いの心に觸れてきた。時にくだらなく、時にロマンチックに。そして時には美しくない感情で。まるで此の庭に擴がる景色の樣に。
此の先もずっと、僕はこうして君と時間を積み重ねて行きたいし、心を重ねて行きたい。
 
君に寫眞を送った。
 

2024年5月24日公開 (初出 2016/12/15 個人ブログ(現存せず))

© 2024 幾島溫

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