とばせ、勃起

幾島溫

小説

11,201文字

料理上手のみいちゃんはあらゆる手料理でぼくの胃袋をがっつり掴んだ後、身長180cm31歳広告代理店勤務の男にちんぽをがっつりハメられてぼくの元を去って行った。
寝取られ失戀から立ち直れないぼくの元にえっちな妖精さんがやってきて慰めてくれる話です。
お氣に入りの作品なのでよかったら讀んでネ。

三年付き合ったみいちゃんに捨てられて以来、ぼくの喉を通るのはインスタントラーメンだけになっていた。
料理上手のみいちゃんはあらゆる手料理でぼくの胃袋をがっつり掴んだ後、身長180cm31歳広告代理店勤務の男にちんぽをがっつりハメられてぼくの元を去って行った。「ごめん」とか「だってよーちゃんLINEの返事くれないし」とか「あたしたち、最初から合わなかったんだよ」とか色々言ってたけど結局あっちのちんぽの具合が良かったってことだと知っているから、何を食べてもおええええ。みいちゃんのことを思い出すたび吐き気がする体質に変わってしまった。あの頃の幸せが今ぼくの生命を脅かしているなんて、恋は三年殺しのスナイパー。
おえってなるのはごはんだけじゃなくて、街の景色も洋服も映画も本も音楽も、何もかもがそうだ。3年も一緒にいれば生活圏内の殆どにみいちゃんとの思い出が宿って居て、彼女の匂いを感じないのは職場くらいのものだった。会社に居る間だけぼくは何にも心を乱されない。故に吐き気も催さなければ、動悸も悪寒も感じない。だからぼくはぎりぎり居られる限界まで会社に居るために、来週やればいいような仕事にまで手を付けて、そして今日も終電で家に帰る。
シャワーを浴びるとお湯を沸かして、消去法で選んだカップヌードル青い味にお湯を入れ、iPadでネットをぼんやり眺めながら三分待ってそしてニュースサイトをだらだら見ながらジャンクな麺をずるずるすする。胃の中を満たすとそれで今日はもうお終い。電気を消しておやすみなさい。ぼくはベッドに入る。
静けさの中で一人になると動悸と寒気で息が詰まる。眠りたいのに眠れない。かといって起きて何かをする気にもなれずに、天井を眺めていると隣にみいちゃんが居ないことを思い出して「うぇぇ」ってなるから、これはいかんと体力を消耗させるため、ここは一念発起して射精に挑戦しようと思う。というのも、ここ最近まったく性欲が湧かなくて抜ける気がしないのだ。
枕元のiPadを取るとブラウザを立ち上げて、ぼくはエロ動画を探し出す。新着順と人気順でざっくり眺めて好みのタイプの女の子を見付けるとクリック、サンプル画像を開いてみれば、その娘はどこかみいちゃんに似ていて、彼女は男優のちんぽをしゃぶったり正常位でハメられてたりバックでハメられ最後は嬉しそうに顔面に精液を浴びていて、ぼくは力なくブラウザを閉じる。吐き気も涙も何も出ない。息が止まりそうだった。みいちゃんは31歳広告代理店勤務のちんぽに何回イカされたんだろう。
iPadを枕元に置いてぼくはまた天井を眺める。目を閉じる気力もない。いつになったら性欲は戻るんだろうか。このままずっと抜かずにいたら精子が溜まって死んでしまう。それも悪くない。どうでもいい。
瞼は徐々に降りて行き、半開きの目でぼくは夢とうつつの境を漂う。するとその内ふわふわした感覚が下半身を包んで、それと同時に股間に甘い痺れと微熱を感じた。気持ち良い。胸の奥の緊張が緩んでいく。ぼくは自分のちんぽが勃起していることを感じる。なんだこれ。疲れすぎたぼくの身体が命の危険を察して勝手に勃起して射精しようとしてるんだろうか。それともある種の夢精なのか。とかぼんやり考えている間にも甘やかな感覚は続く。
「ふふふ」
「クスクス」
女の子の笑い声がする。多分ぼくは夢に片足を突っ込んでいる。
「んふふ」
「やぁだぁ〜」
花の香のような甘い声。女の子の笑い声はアロマテラピー以上の癒やし……。
股間が熱くなる。
「あれ〜」
「ふにゃふにゃ〜」
「え〜」
このまま眠りに落ちられたら、きっと今日は最高の夢になる。
「やっぱりなまだよぉ」
「でも〜おきちゃうよぉ」
「ほら、おっきくなって来ちゃったよ〜」
甘い声、可愛い声、色っぽい声にぼくは身を任せる。
「ぱんぱん〜」
「だしちゃえ〜」
「せーのっ」
「よいしょー!」
ズボンと同時にパンツがずり下ろされた。下半身が肌寒くて布団が素肌に当たる。
「ぅえっ!?」
目が覚めた。布団を撥ね除ける。
するとそこには、身長15cmほどの小さな女の子が3人いた。
「えっ、やだ! おきちゃったよ!」
「どうしよ!?」
「にげよー!」
背中についた昆虫のような羽根を動かして、3人はあっという間に換気扇を通って外へ逃げていった。
寝ぼけた頭でぼくは股間を半勃起させたまま、換気扇をずっと見ている。

 

 

寝ても醒めても考えてるのはあの不思議な生き物のことで、そりゃそうだよな、誰だってあんな不可思議体験をしたら考えずにはいられない。ぼくは自分の頭がおかしくなったと思いたくなくて心の中で執拗に「あれ」と呼び続けるけどでも「あれ」はどう考えても妖精だ。だってティンカーベルにそっくりだった。そうじゃなければ淫魔やサキュバスなどだろう。霊とかだったらその場ですーっと消えそうだし。
朝の電車の中では昨夜のことを思い出している内に時間が過ぎて、昼食時は「あれ」がもしサキュバスだとしたらぼくはエクソシストを呼ばなくちゃならないのだろうかっていうか、日本にもエクソシストっているの? などと考えているうちに終わって帰りの電車の中でぼくは漸く「ぐぐる!」という人類の英智に辿り付いて検索実行、ここぞとばかりに5GとWWWの恩恵を浴びるけど「東京で妖精的な生き物が男性器を弄る」という情報はなく「妖精 ペニス」「サキュバス ちんぽ」で検索するもその大半が二次元画像のサイトだった。そのうちの一つを何気なくクリックすると、耳の尖った女の子が悪戯っぽい目つきで手コキをするイラストが出る。おっけー、こういう世界観ね、悪くないけどぼくのちんぽはピクリとも動かないね、お生憎様! と勝ち誇った気分でブラウザを閉じてふと顔を上げると隣に立っている清楚なOLさんがぼくのiPhoneの画面を軽蔑した目で見詰めていた。
あ〜っ! もう!
と叫びたい気持ちを飲み込んで、地元の駅に着いたら階段を駆け下りて改札を出てそして歩いているうちに、そういえば今日は電車の中で一度もみいちゃんのことを考えなかったなあと思った瞬間、うぇっと少し込み上げた。
家に帰ってカップヌードル黄色い味をずるずるすするとシャワーを浴びて服を着てそしてベッドに入る。
今日もまたあの妖精たちが来れば良いのにと期待に胸を膨らませるのはちんぽをしごいて欲しいからじゃなくて、好奇心から来るものだった。はっきりいってぼくにはあんなので喜ぶ性癖はないし、性欲だって溜まっていない。むしろえぐられてへこんで居るくらいだ。そうなのだ、ぼくのちんぽには価値が無い……とは思いたくないから価値が乏しいくらいに思っておこうと底辺なりの慰め方を施したつもりがやっぱり悲しくなって目を閉じると、そのうち眠りが意識を吸い込んでいった。
あそこがむずむずすると思った。股間がざわつく。落ち着かない。ちんぽの急激な成長を感じて意識が眠りから引き上げられる。ぼくは寝ていた。そしてこの感触は……。
「クスクス」
「ふふふっ」
布団の中から響く甘い声に、ぼくは彼女たちが来た事を悟ると、開きかけた瞼を硬く閉じた。心臓が興奮と緊張で激しく脈打つ。
「ふにゃふにゃ〜」
「おっきくなるかなあ」
「ふふふ」
「あつーい」
「ちょっとかたくなってきた」
「すごーい」
「なんかおっきい〜」
「たったよぉ」
「うえむいてる〜!」
「すごくあついよお」
声と共に、股間は上下にさすられたり、根元から先端まで形をなぞられる。小さな手が6つばらばらに動くものだから刺激の予想がつかなくて、いけないと思いながらも腰が小さく跳ねてしまう。
「うごいた?」
「おきてる?」
「おっきしてるっ」
「だいじょぶ?」
「ねてる?」
「おきてないっ」
その間も摩擦は止まらずに、ぼくは精一杯反応を抑える。
「おっきいよ」
「でちゃうよ」
「だしちゃお」
「せ〜のっ」
「よいしょ−!」
掛け声と共にズボンとパンツが下ろされて硬くなったペニスが飛び出した。
「すご〜い」
「かたち!」
「そり!」
「いろ!」
「おっき〜いいい」
「ん〜」
「いいにおいなの〜!」
「にゅるにゅる〜」
「ふにゅふにゅ〜」
「かわいい〜」
ぎゅっと締め付けられる。妖精が抱きついている感じがする。
「あったか〜い♡」
「むぎゅぅっ♡」
「かわいいの〜♡」
などと言いながら、妖精たちは汁を利用して俺のちんぽの上を滑る。
「たのしいの〜」
「きもちいいい〜」
「どんどんでるよ」
「とまらない〜っ」
「おっきくなってきたよぉ」
「きゃあっ」
「びくんってしたっ」
「やあん」
「おしるあったかいの」
妖精達の動きは次第に激しくなって、ぼくの呼吸は荒くなる。
「すぴーどあっぷ−!」
「つんつん〜」
「にゅぽにゅぽずぽ〜っ」
三人はそれぞれ別の攻め方で同時にぼくを追い詰める。本能的に腰が上下してしまって止まらないし、止めなくてもいいかと思っていた。
「わぁっ」
「揺れるぅ〜」
「きゃあぁっ」
「やだぁ」
「もう無理ぃ」
「怖いよぉ」
やばい、もう出る! と腰を突き上げた瞬間、
「いやあぁぁ〜」
妖精たちが熱くなったちんぽから離れて、一斉に布団を飛び出した。
うえっまじかよと驚いたぼくは目を開けそうになるけどなんとか我慢。射精直前でピクピクしているちんぽを感じながら妖精たちが戻ってくるのを待っていたけど、少し経って換気扇がバタバタする音が聞こえるとぼくはもう諦めた。
目を開けると、部屋は暗くて誰もいない。
布団を退けると丸裸にされた下半身の真ん中で、ギンギンに勃起したちんぽが反り返って上を向いていたから、こんなの放っておくわけにもいかなくて、結局ぼくは自分で握ってガシガシガシガシ、射精した。

 

 

一発抜いたせいなのか、翌日の目覚めはすっきりしたもので、ぼくは久し振りに爽やかな朝を感じる。
満員電車の中でぼくは昨日のことを思い出す。結局あの子たちは何なんだろうと少しの間考えるけど、まあいいや。正体なんてどうだって。もしも彼女たちが妖精じゃなくて悪魔の一種だったとしても、可愛い子たちに精子を残らず絞り取られて死ぬのならそれもまた人生、本望だ。どうせ捨てられたちんぽなんだから、あの子たちの役に立つならそれでいい。
窓の外は快晴で、灰色の街並みは朝日を受けて輝いて居た。

その晩ぼくはじっと寝たふりをキメることで、妖精たちの手による射精に成功する。
「すっごぉい」
「あついの」
「いっぱぁい」
「でたぁ♡♡♡」
嬉しそうな口振りはぼくの自尊心をくすぐって、妖精たちに好意を抱かせる。相手が誰であれ褒められたら嬉しいじゃん!?
妖精たちは飛び出た精子を一つ残らずティッシュで拭うと、部屋から出て行った。その痕跡は翌朝ゴミ箱で発見されてぼくは益々あの子たちが好きになる。
それから毎日妖精たちはぼくのちんぽをイカせ続けた。
優しい愛撫は身体よりも心の方を虜にする。
気がつけばぼくは仕事中でも昼休みでも、朝も晩も心のどこかで妖精たちのことを考えている始末で、もう無理に仕事を作って残業するなんてことはしなくなっていた。
生活の焦点が次第に妖精達に合わせられていく。
出来るだけ早く家に帰って、湯を沸かしてカップヌードルふつう味をすする。シャワーを浴びて明かりを消して、ベッドの中で微睡んでいると、考えるのは未来のことばかりで、ふとぼくは動悸がラクになっていることに気が付く。そういえば寒気もしない。
妖精たちの存在が過去に沈んでばかりのぼくを、未来が見える位置まで引き上げた。あの子たちがいる以上、過去がぼくの心に入り込む隙は無い。みいちゃんが抜けてガバガバになっていたぼくの心の穴に、妖精たちの極太の存在感がずっぽりハマって抜けそうにもない。
いつの間にか寝ていたようでぼくは下半身に走るくすぐったさと甘い痺れで目を覚ました。
聞き慣れた愛らしい声と、すっかりツボを押さえた愛撫に股間は瞬く間に熱を帯びて膨らんで行く。かけ声と共に、服とパンツが脱がされてちんぽが表に出されると、小さな女の子たちが、カリ、サオ、根元にそれぞれ絡みついて、リズミカルに絶頂へ導く。
今日もぼくは射精する。
妖精たちはぼくの精液を浴びたらしく、ぬるぬるの身体で敏感になっているちんぽを撫でる。
「いいおちんぽなの」
「かわいくて」
「かっこよくて」
「さいこうなの」
「えらいえらい」
妖精たちが楽しそうに笑う。その言葉はぼくという存在をただ慈しみ認め褒めてくれているようだった。ぼくはただ勃起して射精しただけだというのに。
その途端張り詰めていたものが一気に緩んで、ぼくは泣きそうになる。だめだ、ここで泣いたら起きていることがバレる。
「好き♡」
「好き♡」
「大好き♡」
「愛してる♡」
これ以上言うんじゃねーよばか。そんなこと言ったらぼくは泣くに決まってる。
涙を堪えようとすれば唇が震えて、身体の力を抜けば鼻を伝って涙が零れてくる。
もう無理だ。諦めたぼくは「んん〜」と寝返りを装って布団に顔を伏せた。
「キャーッ!」
妖精たちが飛び上がる。
飛んでいく音は聞こえない。ぼくのことを観察しているのだろうか。まあいいよ。
瞼を閉じても涙は隙間から溢れ出して布団を塗らした。心が軋む音を立てて開いていく。こんなのって本当は嫌なのに。勝手すぎる。ぼくの心も、妖精の気持ち良さも。嬉しいのか悲しいのか全然わからない。ただ感情が波打ってぼくをかき乱す。
妖精たちはぼくの下着を元通りにすると部屋から出て行ったようだった。
羽音が遠ざかって聞こえなくなっても、ぼくの涙は止まらなかった。

 

 

流れに任せて涙を流すことは気持ちが良かった。意味なんかなくてもいい。泣きたい時は泣けばいいのだ。そう悟った。
射精するのも気持ち良いけど、泣くことはそれ以上の快楽をもたらす。思えばみいちゃんと別れてから涙を流したのはこれが初めてだった。
次の日、仕事が休みだったぼくは久し振りにカフェに行って、ずっと前に買ったきりの小説本を読んでいた。ぼくにもやっと他人の物語を受け止める余裕が出て来たようだ。
小説を三分の一くらいまで読んだところで店を出る。夕闇の街は肌寒い。そろそろ新しいマフラーを買おうと思う。みいちゃんの選んだマフラーはもう捨てる。
変えられないと思っていたものが変わる。それはぼくの力の及ばない方法で。妖精たちの愛撫は、これまでとこれからの間に挟まって、みいちゃんのことを過去にする。
妖精たちとの日々はとても楽しい。好きな子がいるってことは幸せだ。たとえ恋ではなくたって。夕方の中央線いつもの三両目ドア付近でぼくはニヤけた口元を手で覆う。
けれど、それと同時にぼくはこのまま妖精に愛着を抱くことを怖れている。この感じ、覚えている。
みいちゃんだ。
みいちゃんとの三年間も似たようなものだった。
みいちゃんはぼくの心を少しずつ幸福感で満たしながら、手料理でぼくの毎日に居場所を作ってそして突然勝手に終わらせた。
みいちゃんなしで生活を回す方法を思い出せないぼくは、未だにみいちゃんが唯一作らなかった手料理、カップヌードルしか食べられない。こんなのって呪いだ。幸せが一瞬で反転した。
妖精はぼくの最も敏感な場所に触れて、気持ち良くさせる。ぼくは妖精がいることで救われる。最近は一人でいても呼吸が出来る。
でも、幸せが大きくなればなるほど裏返った時の呪いの力が大きくなることも知っている。それ故ぼくは、これ以上妖精のことを好きになってはいけないと感じている。
顔を上げると苦しそうな顔の自分がガラス扉に映っていた。無理しているのは解っている。気持ちなんか抑えようとして抑えられるものではない。表に出さないようには出来たって、内側は制御不能だ。もしそんなことが出来るなら、ぼくは今頃とっくにみいちゃんのことから立ち直れているだろう。
嬉しいことも、楽しいことも、苦しいことも、痛いことも、すべての感情は自分勝手に変わっていく。
自分の変化を認めない訳にはいかないと思った。
妖精たちがぼくを愛でるように、ぼくも彼女たちを愛したい。
人間には愛されたい欲求と同時に、愛したい欲求も存在していて、どちらかだけが満たされても満足出来るものではない。
今日は帰りに妖精ちゃんたちに、甘い物でも買っていこう。小さくても女の子、きっと喜ぶ筈だ。
電車の中で決意したぼくは、駅を出るといつものコンビ二でカップヌードル赤い味と苺のショートケーキ二個入りパックを一つ買って家に帰った。いつものように食事を終えて、いつものようにシャワーを浴びる。そしてケーキのパックの蓋を開け、枕元に置いて明かりを消して布団に入る。悪い予感めいたものも、結局ぼくの妄想に過ぎず、妖精たちはみいちゃんではない。幾ら考えたって、どうせ先のことなど解らない。及び腰になるのはきっと無駄なことなんだ。
ぼくは目を閉じる。
眠るつもりはないけれど、意識がすぐに夢の中へ這入りそうで、そのたびにぼくは抗う。
どれくらい経っただろうか。
ヒソヒソ声がぼくの耳に届く。
「いや〜なにこれ〜」
「ケーキ?」
「もしかしてあたしたちに?」
「わかんないけど……」
「なにかんがえてんだろ?」
「コワ〜〜い!!」
三人の声が重なると、直ぐに羽音が聞こえて遠ざかる。
えっ、ちょっと待って。とは言えないから、ぼくは布団の中でただ固まる。しくじったと思った。拒絶されたことよりも、逃げていったという事実がぼくを凍らせた。体中を寒気が走って全身の毛穴に針が刺さったようだった。
その日は夜明けまで待っていたけど、妖精たちが戻って来ることはなかった。

 

 

それから一週間待っても妖精が来ることはなく、すべて夢だったんだと諦めた十日目の夜。
何もしたくないぼくは、左耳にイヤホンを差したままだらだらとオランダ発のエレクトロニカのストリーミングを聞いていた。繰り返されるリズムと意味の解らない言葉は心地よく、意識を眠りへと誘う。頭が枕の中に沈んで、身体が眠りに落ちそうだ。いいよいいよその調子。ぼくは眠りに蹂躙されたい犯されたい陵辱されたいファックされたい。眠りと布団とぼくとの3Pで死にたくなるほど愛し合いたい。とりとめの無い言葉を追いかけていると、下半身にむずむずする感触が走って妖精たちの愛撫を思い出す。このまま夢で射精出来ればいいのに。
「ふふふ」
「すごいね」
「もうおっきくなってるよっ」
囁くような声が布団の中から聞こえるけれど、夢なのか本物なのか分からない。
ぼくは何も考えないことにして身体の力を抜く。
「だいじょうぶかな?」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
「おっきくなってきたよ」
6つの手が下着の上をせわしなく擦って、股間が熱くなる。
夢じゃない。ぼくは確信する。妖精たちは戻って来てくれた。嬉しさと安堵に胸が包まれる。
ぼくは妖精たちに対して知らんぷりを決め込む。
何もしないことが、妖精たちにとってのベストだ。これがぼくらの、友情或いは愛の形。
妖精たちは手際良くぼくの下着を脱がすと、楽しそうにペニスを弄ぶ。そうしているうちに、一人は乳首へ、もう一人は耳元へ来て愛撫を続けた。三点同時攻めをされてはたまらず、ぼくは精一杯息を殺す。久し振りのせいか、快楽が凄まじくてちんぽは先走り気味にピクピクしていた。
ここに在るのは、この十日ずっと欲しくて何度も思い出していた気持ち良さだ。
ぼくは感じる。
乳首の先から伝播する甘い痺れも、裏筋をなぞられる感触も、過去のものでも未来のものでもなく、今にしかない。
「みらいなんてない〜♪」「no future♡」「かこだって〜♪」「no past♡」「かんじているのは、いま〜♪」「feel now♡ only now♡」「いまにしかいられないの〜♪♪♪」
妖精たちはぼくの身体の上を楽しそうに弾みながら、囁くように歌う。
どこにでもありそうな歌詞だと思ったけど、ぼくの敏感なところへ染み入って行く。
そうなんだ。未来なんてないんだよ。妖精との間にも、みいちゃんとの間にも、思い描いていたような未来は来なかった。
みいちゃんといた頃のぼくは、未来など無く今しかないことに気付いていなかった。目の前のみいちゃんを見ていないで、未来のみいちゃんばかりを想ってせっせと結婚資金を貯めていた。
妖精たちとの関係だって同じかもしれない。
ぼくにはこの「今」が何処まで続いているのか、終わるまで知ることが出来ない。
結局のところぼくには「今」しかないのだ。
そして「今」は、どんどん過去に変わって失われ続けている。
妖精たちはペニスを降りて、陰嚢を優しく弄ぶと今度は肛門へ降りていった。
小さな手が入口を撫でたり、周辺をなぞったりして、くすぐったさを覚える。ぼくは反応が出ないように自分を抑えた。
「むりかな?」
「これつかおう?」
「にゅるにゅるなの〜」
玉袋の裏から小さな声が聞こえたかと思うと、ぬるぬるしたものがぼくの中に入って来た。
「!」
さすがに身体がビクンと動く。アナルだ。妖精たちはアナルを開発する気なのか!?
ケツの穴から出すことはあっても入れることは初めてで、そりゃ前立腺を開発するとめちゃくちゃ気持ちがいいって噂は知っているけど、そんな勇気も貪欲さもないぼくは自分のアナルにはまったく興味がなかったのだ。
妖精はオイルのようなものを付けた腕で、肛門内を掻き回しているようだった。2本目が入り、3本目、4本目と入っていく。ぬるぬる滑るから痛みはないけれど、小さな腕とはいえ、未開発の肛門に4本も入れられると圧迫感があって苦しい。
「きつきつ〜」
「だいじょぶ?」
「おちんぽぴくぴくだよぉ」
「いっちゃえ〜♡」
「にゅぽにゅぽ〜♡」
「じゅぽじゅぽ〜♡」
動きが加速して、4本の腕がそれぞれのリズムでばらばらに動く。手の先が時折内側の妙な場所に触れて、いつもとは違う快感が下腹部に沁み出した。今までに経験したことのない気持ち良さだった。
「おしるきてるの〜」
「ここかなあ?」
「つんつんっ」
同じ場所を何度も刺激されると我慢の限界が来てしまい、ぼくは腰をよじって「うっ」と言ってしまう。
その瞬間、妖精はぴた、と動きを止めた。
「……おきた?」
「……ねてる?」
「……」
ぼくは黙って寝息を立てようとするけれど、呼吸の乱れは収まらない。
「だいじょぶなの?」
「しろいのでるの?」
「あぶないかなあ?」
腕が1本抜かれて、粘膜が摩擦される。少し気持ち良かった。
2本目の腕が抜かれる。上側が擦られた。新しい扉が開き始めているのを感じる。3本目の腕が抜かれている間、ぼくは心の中で「やめてー」「大丈夫だからー」「抜かないでー」と叫んでいた。
「やめとく?」
「やめよ」
「おしまいね」
4本目の腕が出て行くのを感じたぼくは、括約筋に力を入れた。腕が止まった。だけど滅多に使わない筋肉はすぐに緩む。ぼくはもう一度力を入れる。
「えっ……」
「ピクピクしてるの……」
「へんなの……」
大丈夫だよー気持ち良いんだよー。ぼくはピクンピクンと括約筋を締めて身体の好反応を示そうとする。
だけど腕はぼくの肛門、直腸内に止まったまま動かない。
「いまのへん……」
「五回連続」
「き・も・ち・い・いのサイン?」
「怪しい」
「不自然」
「気持ち悪い」
妖精たちがひそひそ話し始める。
まずい。やりすぎた。睡眠中の痙攣を装おうかと思ったけれど、これ以上どう取り繕えばいいのか解らない。アナルにはまだ1本入ったままだ。ぼくは少し混乱している。
「……起きてる?」
すると鼻先で声がした。マジかよ。瞼が先に反応しちゃってビクッとする。
妖精たちは、もうぼくとの交流を解禁するつもりなんだろうか?
「ねぇ、起きてたら言って?」
「怒らないから」
恐る恐る目を開くと、鼻先にくりっとした目の愛らしい長い髪の小さな女の子がいた。
「ごめん、実は……」
ぼくは口を開いた。
「きゃ〜っ!!!! 見られた〜っ!!」
「早く!」
「逃げよう!」
たちまち肛門から最後の腕が抜かれて、3人の妖精は一斉に飛び立つ。
彼女たちはトンボのような羽根を唸らせて、窓の外へ消えていってしまった。

1週間待っても、2週間待っても妖精たちは訪れなかった。
起きていても、眠っていても、寝たふりをしていても、妖精は現れない。
いつも聞いていたあの愛らしい声を次第に思い出せなくなっていて、そのことがぼくは少し怖くなる。
今度会えたらあの声をもう絶対に忘れない。そう思っているのに、妖精は姿を見せなかった。
自分を責めたり、妖精をなじったり、喪失感に震えたり、みいちゃんとのトラウマと乗算して息が出来なくなったりしながら、ぼくは妖精たちに触れられた感触を思い出して少しづつ前立腺を開発していった。前立腺の快感は壮絶で、初めは妖精のことを思い出しながら、めそめそ弄っていたけれど、やがてそんなことはどうでもよくなり、ぼくはただ快感に打ち震えて精液を垂れ流すだけになっていった。
ちんぽでイクのと違って、終わりの線引きが明確にない。だけどそれが良い。先のことを思ってペースを考える必要もなく、前立腺の快楽の中にいるとぼくは今のことしか考えられなくなる。それに、そうしている方が気持ちが良い。今ある快感に集中することで、ぼくは最大限に気持ち良くなれた。
そうして、妖精たちを待ち続けて1ヶ月経つ頃には、前立腺の開発はすっかり出来上がる。
結局のところ、過去を思い出して、未来を怖れて、そして今を差し出そうとしていた。
妖精はそんなぼくを拒絶したのだ。
そう気がつくと、これで良かったのかも知れない、と思えた。
妖精が居なくなった後、ぼくは前立腺を弄る以外に痴女モノと乱交モノのAVを見るようになっていた。今までまったく興味がなかったのに、妖精たちのお陰でこちらの扉も開いてしまった。
おかずの数は多ければ多いほど食卓は賑やかで人生は楽しい。ぼくはラクになって行く。
そうして幾つも動画を見ている内にふと、みいちゃんは、他の男のちんぽになびいたビッチで、本当はこんな感じの痴女だったのかもしれない、という考えが脳裏を過ぎる。ぼくのちんぽが悪いから他の男に行ったのではなく、みいちゃんの言う通りぼくたちは最初から合わなかったのかもしれない。何しろあの頃のぼくは、清楚な子以外は恋愛対象として認めなかったのだから、もし本当にみいちゃんが淫乱痴女なのだとしたら、さぞかし息苦しい思いをさせていただろう。
自分を責める必要はなかったのかもしれない。
ぼくも。
みいちゃんも。
きっと。
日曜日の14時過ぎ、ぼくはお気に入りの喫茶店でビーフカレーを食べていた。ここのカレーは独特の味わいがあって、とても気に入っている。みいちゃんとも何度も一緒に食べていた。
久し振りだったけど、カレーの味は変わらず今日も美味しい。
半分くらい食べ終わったところで水を飲んでいると、ふと隣のテーブルからこんな会話が聞こえる。
「なー、お前、妖精とか信じる?」
「え、何それ。天然キャラ?」
「違ぇーよ。てかやっぱおかしーよなぁ。……この前、俺妖精っぽいの見たんだけどさ」
「へー。一応聞いてあげる。どこで?」
「表参道」
「うそだろ、街中じゃん」
「俺もおかしいとおもうんだけど、でもマジで見たんだよなー。しかも3匹!」
マジなのか。ぼくはもう一度水を飲んだ。ひょっとしてあの子たちだろうか。
彼らはしばらくの間、妖精が出るというカフェについて話して、最後は「幻覚だろ」で落とした。
どうしよう。ぼくはカレーを口に運ぶ。妖精に会いに行こうか、やめようか。
カレーは皿の残り三分の一くらいだ。
スプーンでルーのかかったご飯をすくって口に運ぶ。
あと少し、カレーを食べ終わるまでの間、ぼくは迷って居よう。
甘みとコクのある風味が口の中に拡がる。
おいしいカレーがあるうちは、おいしいカレーと共に生きるのだ。

 

 

 

 

2024年5月18日公開 (初出 2014/10/26 個人ブログ(現在は在りません))

© 2024 幾島溫

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