僕の人生を語るなら、まず彼女の事について話さなければ、僕の人生の物語は崩壊してしまうと思う。寧ろ、僕の事について語るなら、彼女の事について語ればいいのにとも思うが……僕について語れと言うのだから、仕方ない。
彼女が僕の前に現れた……僕が彼女の前に現れたのは、小学校四年生の時だった。とにかく昔の事なので、はっきりした事は覚えていないが、とにかく小学校中学年くらいの時には、既に彼女は居たと思う。
その時の彼女は今と違って、全て真っ黒な髪に、短パンを履いて、頭の上にはキャップを被っていた。
そして、彼女は自らの名を、「化」とだけ、この時は名乗った。
……言い忘れていたが、この頃、彼女は「彼女」では無かった。……「彼」というのが正しい。
とかく彼は不思議だった。彼はやはりその頃から人間では無かった。彼が被っているそのキャップを、自ら取ったり、取られたりすると、途端彼は何も出来ない一匹の黒猫に変身してしまうのだ。
普段の彼は、キャップから黒い猫耳と尻尾が二本生えていた。これは、今も昔も変わらない。
ただ、彼は今と違ってめっきり弱かった。彼はいつも何処かに帽子を無くして、その度に誰かに背負われながら帽子を探してもらうのだ。
ある日、化が何処からか部下を連れて来た。名は分からないが、彼より大分背の高い女の子だった。彼女にも、彼と同じ猫耳が生えていた。化よりは、幾分か利口そうだった。
名前も僕に伝えなかった彼女は僕の事を、彼と同じ様に「化様」と呼んだ。彼女には僕と化の区別がつかなかったのかもしれない。……当然、わざとそう呼んでいたのかもしれないが。
でも確かに、僕と化は写鏡の様によく似ていた。孤独を好む性格や、体躯、変な趣味までそっくりだった。
僕と化は互いに孤独で……趣味を分かち合える誰かを求めていた。それが、ぴったりはまったという訳だ。
本当に、驚く程よく似ていて、気が合った。僕は化であり、化は僕だった。
……僕はある日の夜、つまらない考えをした。「……化が女の子だったら、良いのに。男口調の女の子って、とても可愛いのにな……」
それからは、化について考えて止まらなかった。思えば、僕は化についてこれっぽっちも知らなかった。だから、僕はスマートフォンのメモ帳に化についての情報をまとめていく事にした。
翌日、化と会った。……だが、その姿はまるっきり変わっていた。今までの認識が吹っ飛ぶ程に。彼は……もはや彼ではなく、彼女なんだとこの時何となく分かった。僕の理想通り、化は女の子になり、服装も変わっていた。
化はあの尻尾と猫耳を隠し、黒い猫耳がついているパーカーに、穴の空いたスカート、その下にスパッツを履き、スニーカーではなく下駄を履いていた。
姿は僕と大きく異なってしまったが、化は僕と会うといつもの猫耳と尻尾を見せてくれたし、僕と化は変わらず一心同体で、僕達の仲に変化は無かった。寧ろ僕は、こんな風に化が可愛く変化した事を嬉しく思った。
この出来事が中学生の頃の話だ。この姿は今でも変わっていない。……それどころか、その体躯は出会った頃から変わっていなかった。そのせいで彼女の胸は小さいし、色気も無かった。けれどそんな彼女が堪らなく好きだった。
風の噂で聞いたのだが、化は孤児で、人ならざる者らしいのだ。明治時代に生まれ、親に棄てられた彼女は、「幻術」という物や人を幻にし、消す事が出来る術を操り、それを教えている幻術師の男に拾われ、幻術を教えてもらいながら育った。当然、学校にも行っていなかったらしい。
しかし、化は自らに幻術師としての才が無い事に、九歳の頃気付いた。……だから、彼女はその家の倉庫にあった、禁断の書に触れた。それが、「妖幻術」。……自らの妖力を大幅に上げる幻術だ。幼い化はそれを藁にもすがる思いで使った。
……けれどこれには大きな問題点があった。そもそも幻術という物は、人間に適性が無い。……その代わり、妖怪には適性があり、上手く扱えるのだ。
妖幻術は、その特性を使っている。……つまり、上手く扱えないのなら、「上手く扱える存在」になればいい。
妖幻術は、人間を妖怪に変えてしまう術だった。それを使った瞬間、彼女は仲の良かった黒猫の力を素材に使われ、猫耳と尻尾が生え、妖怪になってしまったのだ。
結果、化を拾った幻術師は化を妖怪と罵り、追い出した。
……それから化は今までずっと、放浪の旅を続けていたのだ。
その事を知った後も、僕は敢えて化への接し方を変えなかった。……それを、化も望んでいると思ったからだ。
僕が中学二年生の頃、僕は化を小説の中に登場させた。その中での彼女はとても強く、妖怪としての風格を放っていた。
……その時から、化は僕の前から姿を消した。……いや、消えた、という表現は正しくないだろう。
彼女は、僕の妄想の中から、僕の小説の中で生きる様になったのだ。
僕の中で、化は曖昧な存在のイマジナリーガールフレンドだった。だが僕の小説の中で生きる様になり、はっきりと姿が見えたのだ。
そう、僕と化は同じであった。……化は僕のガールフレンドであったと同時に、僕のアバターでもあったのだ。
しかし今や、彼女は小説の中で生きている。小説の中で一人、放浪をしていたり、世界を支配しようとしたり、ある時には別の女性とセックスをしたりしている。鍋島化け猫騒動から由来する、「鍋島」という苗字を授かった化は完全な「鍋島化」というキャラクターになったのだ。
……正直、僕からしてみれば今の化の方が、謎が増えた。化はある時には、最強の妖怪になったりするし、ある時には大人の女性一人にあるがままにされるただの幼女になったりする。
けれどそれこそが、僕の脳内の「化」というキャラクターから、他の人の目に触れる「鍋島化」というキャラクターに昇華するという事なのだろう。
脳内の化はもう、僕に話しかけたりしないが……。それでも、「鍋島化」の方は、僕の前に偶に現れる。
彼女は悪戯をしたみたいに、にやりと笑って、僕に軽口を叩いてくる。そして僕が言い返そうとすると、すうっと目の前から消えるのだ。
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