目の前の敵は虫の息だ。あと一回、どこかに弾丸が入れば、確実に息の根は止まるだろう。そう判断した私は、銃を腰に装着しなおした。敵は苦しそうにこちらを見ている。
――なぜとどめを刺さない――
焦点の合わないその目は、おぼろげな意識ながらもそう言っているように見える。私はやや上に視線を外した。
灰色のコンクリートが時おり点滅する蛍光灯に合わせて薄暗くその姿をさらしている。
私はこの瞬間、自分が最もむごいことをしていることを自覚している。手を下すべき相手に何もしないのは、恥ずべき悪徳だ。いたずらに相手は苦しみ、死の恐怖はゆっくりとその身体に刻み込まれてゆく。
或いは相手を苦しませるという目的があるならば、今私のしている行為は正当な理由を得ることになるだろう。しかし私の場合はそうではない。自分でも、その正確な理由はわからなかった。
「何をしている。早く殺せ」
ふと後ろを振り返ると、同僚がそこに立っていた。
私は何も答えない。
ただ、自分の眉が困惑したような形になるのをじっと感じながら、何もしないままに時間だけが過ぎてゆくのだった。
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