月に群がる花に金

合評会2021年11月応募作品

菊地和俊

小説

3,053文字

合評会2021年11月
お題「YouTuber」

 

ダクトから漾う焼肉の匂い、俯き加減で往来する人々の群れ、色褪せたネオンサイン。

駅から徒歩五分、穴場とか隠れスポットなんて言うほどの大した場所じゃないけどちっぽけな喧騒を忘れさせ、僅かな自然を感じれる場所で俺は佇んている。

煌々と都会の闇を彩る星の傍らにポッカリと嵌め込まれた橙色々は、太陽の所為で無口な存在感を色めかしている。

息絶えるまで輝き続ける天体の一部をマナコで捉え、木々は揺れ、泡の香りが素通りした。

夜風の心地良さは沈黙を静寂へと華麗に変換し決断の意を鈍らせていた。

美しく妖艶な今宵の月光は、上背があるセミロングの艶を纏う女を照らす為に存在している様だ。

 

誰のせいでも無いが、誰かの所為にしたくて仕方がない事を責める事も問い質す事もできない行き場の無い無力感。

希望ではなく絶望しか残らないパンドラの箱を俺は開けなければいけなくなった。

 

トートバッグの中に忍ばせてあるリヴォルバーを合皮越しに腰骨で感じては、無骨な冷たさが燻っている心に無味無臭な冷静を注いでは揺らいでいる。

 

灰色な空が好きな俺は死期が迫る老人の様に無口で、朧気でも唯一無二な月が好きな女は林檎製のデジタルデバイスで夜空の一部を切り取っている。

不本意だか袂を分かつ。一方的に無慈悲に、残酷だが致し方ない事だと自分に言い聞かした。

 

人肌を感じる距離なのに馥郁が五感に充満すると味気ないクリック音を鼓膜が掴み取った。

75分の1秒後、世界中の音が停止したように何も聞こえなくなり、75分の1秒後、突風が頭蓋骨に入り込んできた。

腹の一部が今まで感じたことの無い焼ける様な熱を帯びている。まるで内臓が業火に包まれているみたいだ。

 

「ごめんね、シュンちゃん」その言葉を聞いてから暗闇の中に俺のすべては落ちて行った。

 

 

「いつからベンチの上で瞑想するようになったの?」

寝てたのか……何故殺さなければいけなかったんだろう。デニムの上からでも小股が切れ上がる脚線を観ながら思った。

パンドラの箱を開けて絶望がなんとかなんてふざけた事をぬかしてた自分に腹が立った。それよりも拳銃何処で手に入れたんだよ?こいつのお陰で生かされてる部分があるのに殺そうとしてどうすんだよ。

しかも最後は殺されるてるし、夢でも現実でも上手なのは変わらないな。

夢の中の自分に呆れすぎて無が頭の中で広がっていた。

 

「目開けたまま寝てるの?」

「俺は魚かよ、それより撮影は終わったのか」

「今日は今までで1番のできよ。薄っすらかかってた雲が後半からいなくなってくれたから編集しなくても奇跡が降り注ぐ演出になったわ」

「お疲れさま、帰ろう。ビール飲んで寝たいわ」

「お腹へったから作ってよオートミールのお好み焼き。それと今日はしないの?」

 

俺の機微を掬う繊細さは皆無、やっぱり女は図太い神経してやがる。

それと何故か満月の日は、まぐわう気満々なんて下手な狼男より逞しい。

帰宅したら料理作って床の上で喰われる。俺はシェフ兼食材だな。

 

「返答無しは了解って事ね。行くよ」

有無を言わさない横紙破り。着いていく俺も俺だがーードップリ浸かった業だな。

宵のうちに帰路に着く、色々と長い夜になりそうだ。

 

オートミールのお好み焼きでは満腹中枢が満たされず鯖と大葉の味噌焼き、山芋のネギ焼き、アヒージョ、タコの唐揚げと作らされた。

芋のソーダ割りをお供に細い身体の何処に入るんだってぐらいペロリと平らげ、俺は味見しかせず、晩飯のメインはビールとリンゴ酢入りのハイボール。

 

調理疲れと酒の効果でソファーでダラリと休んでいると視界の端にはせっせとパソコンでさっき撮った動画の編集に励んでいる大食いのお姉さん。

 

登録者数38万人、「好きな人と繋げるパワーをおくります」「アナタも気づいていない力を引き出す動画」「金運を上げる奇跡と軌跡が降り注ぎます」こんな感じのタイトルで夜空や木々、川のせせらぎ等の自然の映像に鐘や鈴の音、心地良いフィーリングミュージックを入れて動画をアップしている。

チャンネル名は「加賀美エリナ」幸せになれる周波数があるらしくヘルツを巧みに使いキラキラした動画も入れてたと思う。一切興味が無いので情報が曖昧だ、発信者がすぐ傍にいるのに。

 

詐欺みたいな動画だけど人は何かにすがりたくなる性分があるから一縷の望みの背中を押して欲しくて観てるんだろう。占いに通ずる所がある。

コメント欄には好きな人と付き合えたや、臨時収入が入った、天職決まった等の喜びが溢れている。

宝くじと一緒で買う人が多い販売所は当たりが多い=視聴者の多さが幸運の数を増やす。冷静に考えれば解るものも切迫した事情は判断を緩め感情が爆走するのが人間の性を表している。

 

否定するコメントも投稿者はなんのその、陋劣されても所詮はネットでの繋がり。無機質な罵詈雑言は多額の広告費には勝てるはずもない。

 

最初に数万円の広告費が入った時に「ワッパかけられない詐欺だな」に対して「信じる者は救われるかもしれないって誰かが言ってたでしょ。アタシもその一人よ」と、返された。

返す刀が天文学的ポジティブだと聞いてるこっちも清々しいもんだ。

 

宵の深みが絶頂に達した午前三時。俺は三回イカサレ、ハンドルネーム加賀美エリナさんは数えきれないシャウトで絶頂を発していた。

動画投稿し始めたころ、Amazonで神楽鈴を購入してサンプリング音を造っていたが、すぐに用済みになった。行き場のない神聖なる鈴を騎乗位の時に右手に携え揺れるたびに鳴る鈴の音に竿は萎まなかったが笑いが込み上げてきた。俺の笑いが拍車をかけて揺れは激しくなり初めて笑顔で射精したのを覚えている。

 

今ではオブジェになった神楽鈴を手に取り窓から覗く空に向けて鳴らしてみた。

「シャリ~ン、シャリ~ン」使い方が罰当たりな時もあったが虚しく鳴る音になぜか癒された。

 

 

太古の昔から人は神に祈る歴史がる。豊作や飢饉、雨ごい。時には人の命を引き換えに祈り捧げた。

現代でさえ恋愛、就職、受験、安産、病気平癒など祈らずにはいられない習性が人のDNAに刻まれているかもしれない。

新しいモダニズム。文明の利器インターネットで祈ることはもうグローバルスタンダードと言っても過言では無い気がした。

情報過多と言われる昨今、嘘や私利私欲が人の心の背中を押すことが誰かの為になるなら、それもまた真実。

 

夜空では雲が月にかぶさり、花は寝息を立てている。

誰かを励ます嘘も世の中必要なのかもしれない。そう思える夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年11月15日公開

© 2021 菊地和俊

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"月に群がる花に金"へのコメント 15

  • 投稿者 | 2021-11-21 10:55

    ボキャブラリーに魅力。文体のその抽斗の多さには頭が下がります。けど、まあ、自分もその類のはしくれである自覚はありますが、小説そのものがどこか、文体に振り回されていて、野放図に闊歩する飼い犬に振り回される飼い主のようなあべこべさも覚えるのは少し残念でもあります。

    • 投稿者 | 2021-11-22 22:48

      野放図に闊歩する犬=気のみ気のままに愛をぶつけてくる女性と一緒にいる主人公=人間の整合性を貫けない心の矛盾を表現してみました。

      噓です、ごめんなさい。
      時間がなかったので勢いで書いたら、このザマです。
      数秒前の己の文章に振り回される一人ジャイアントスイングでしたね。

      明日から精進しする為にペンネームを「立川そらし」
      または、林家馬威撫(ばいぶ)で執筆活動してみます。

      著者
  • 投稿者 | 2021-11-21 23:04

    詩的な言葉遣いが尾を引く感覚を持ちました。
    詩的な言葉の連なりや語り手のぞんざいな口ぶりを楽しむ作品かと思います。

    • 投稿者 | 2021-11-22 23:42

      僕自身がぞんざいな存在なので、ぞんざいな口ぶりが文章に表れてしまいました。

      詩的で私的な作品を作って「ステキッ!!」と言われるようにこれからも頑張ります。

      著者
  • 編集者 | 2021-11-22 23:04

    春風亭さんのご指摘にもありますが、詩的な言い回しの印象が強く、会話文がややリアリティに欠ける感じはしました。全て回想にして地の文として揃えてもいいかもしれません。散文詩にしてしまうくらい大胆で良いかと個人的には思います。

    • 投稿者 | 2021-11-22 23:48

      散文詩ですか、読めるけど正確な意味が解らなかったので調べました。

      松尾さんのお陰で1つお利口になりました。ありがとうございます。

      著者
  • 投稿者 | 2021-11-23 00:10

    エリナさんはネット上の巫女なのでしょうか。神楽鈴を鳴らしながら交わる二人を、月が照らし出す様を想像しました。殺したい思いがあるのについ従ってしまう。生命力溢れる女ともしかしてヒモなのかな、男の成り行き任せの無気力の対比が退廃的な文体に良く合っています。ちょっと最初の方は自意識過剰気味ですが、夢だからですかね。

    • 投稿者 | 2021-11-23 11:32

      夢なんて荒唐無稽なことだらけなので自信がない男の小さなプライド振りかざしてみました。
      男はヒモではなく同棲している女に精神面でも金銭面でも勝てない設定で、格差社会を男女で表してみました。

      著者
  • 投稿者 | 2021-11-23 05:34

    序盤はちょっと読み辛いと思いましたが、後半はのびのび書けているなあと感じました。予想外のハッピーエンド(?)でちょっと清々しい気持ちになりました。

    • 投稿者 | 2021-11-23 11:36

      前半読みづらくてスミマセン。
      次回は前半から軽やかな口当たりで書いてみます。

      真実だけでは息苦しい、世知辛い昨今に嘘で癒されるラストで締めてみました。

      著者
  • 投稿者 | 2021-11-23 14:45

    空気を感じられる文章でした。前半後半で文体が変わっているようにも思いましたが、前半中盤後半として、後半に前半の文体に戻ってくると素敵かなと思いました。

  • 投稿者 | 2021-11-23 15:24

    破滅派感のある素晴らしく文芸的な作品でした。今後もレトリックを練り込んでいただきたい

  • 投稿者 | 2021-11-23 15:33

    前半は夢だから詩的な感じなのかと思っていました。
    セリフはくだけていて、そことのギャップも個性的で良かったです。
    オートミールのお好み焼きが未知の食べ物だったので調べました。結構メジャーな食べ物なんですね。
    最後の場面もまた夢なのかな?と思いました。

  • 編集者 | 2021-11-23 15:40

    想像の広がる作品だった。自分の環境では後半に空白が続くのだが、文字通りの余韻なのだろうか。

  • 投稿者 | 2021-11-23 19:58

    すごい。よくこういうの書けるなあ。いいなぁ。私は一つも出来ない。いいなぁ。

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