男と女のラブジュース

諏訪靖彦

小説

2,111文字

第二回イグBFC応募作品。

 

「どっちだと思う?」

男は天井に映ったキツネの影絵から目の前の指先に焦点を合わせる。白くスラッと伸びた人差し指と、爪に青いマニュキュアの欠片が残った親指が、オレンジ色のベッドライトに照らされテラテラと光っていた。

「どっちって?」

「これは君の? それとも私の?」

男の胸元に小さな横顔をのせ、顎をクイっと上げて男の顔を見上げながら女は重なり合った人差し指と親指をゆっくりと上下に引き離していく。透明な粘液が指の間で糸を引き、指が離れるほど細くなり、そして両の指に分かれていった。そのほとんどは親指の腹の上に滴り落ち、表面張力によって微かなふくらみを作っている。

「この粘液が俺の精子なのか、お前の愛液なのかを当てろってこと?」

女は「ふふ」と笑ってから言った。

「近いけど、ちょっと違うな。精子以外にも身体から出て来るものがあるでしょ? 私の指に付いたコレが君の身体から出たものなのか、私の身体から出たものなのか、それを当ててほしいの」

男は女の指先を更に見つめる。精子であればすぐにわかる。精子は白濁しているし、よく観察すれば色の薄い部分に細かく白い欠片のようなものが見て取れる。しかし女の親指の上にあるそれは白濁していない。そして何より男はまだ射精していなかった。

「もう少し近くで見せてくれないかな?」

そう言って男は女の手首を取ると、女の指先を自分の鼻先に近づけた。

「あ、だめっ」

女はさっと手を引っ込めて指先を元の場所に戻す。

「匂いから判断するのはズルだからね。これは見た目で当てるクイズなの」

「栗の花の匂いがしたら俺のカウパーだと分かるんだけどな」

「それはどうかしら。カウパー腺液に多く含まれているスペルミンは精液の匂いを発生させる物質ではあるけれど、だからと言って栗の花にスペルミンが含まれていることはないの。栗の花の匂いが精液の匂いに似ているのは不飽和アルデヒ−カルボニル化合物の匂いがスペルミンに似ているから。だから本当は全く分子構造の違う物質なのよ。だから栗の花の匂いというのは適当ではないの」

女は親指の腹に人差し指を押し付けるように動かして、また指先をゆっくり離していく。指の腹を擦ったことにより、伸びた糸の中にポツポツと小さな気泡が混じっているのが見えた。

「ふーん、そうなんだ」

「それに例え私の手からスペルミンの匂いがしたからといって、コレがあなた精液だとは限らないよ。私は君のおちんちんを何度も触っているから」

「じゃあ何で匂いを嗅がせないように手を引っ込めたの?」

「それは、私から出た粘液だとわかってしまう可能性を排除するため。たとえば膣分泌液、スキーン腺液やバルトリン腺液は一般的には無臭に近いと言われているけど、分かる人には分かっちゃうみたいだから」

「舐めちゃだめ?」

「だめ。見て当てるの」

男は膣分泌液の匂いを感じることは出来なかったが味覚には自信があった。男はつい先ほどまで、ヴァジャイナに舌を這わせていたからはっきりと覚えていた。ヴァジャイナからにじみ出る膣分泌液を舌の上に抄い、それを潤滑油として、薄い御包みを纏ったクリトリスを、御包みの上を親指で押し上げて顔を出したクリトリスを、優しく、そして執拗に愛撫し続けた。ぷっくりとしたクリトリスに赤みが帯び、大きくなっていくにつれ、女の声は悶え声から喘ぎ声に変わり、やがて促音と共に両足を硬直させた。女の太ももが万力のように男の両頬を締め付け、男は息苦しさを覚えるが、苦痛はなくある種の快感をもってそれ受け止める。男はもう一度女をオルガスムスに導こうと、弛緩した足を広げようとしたところで「もういい」と抵抗された。男は仕方なく女の股の間から顔を抜くと、そのまま女の顔と同じ位置に自分の顔が来るようにシーツの上を滑るように移動した。男が隣に来ると女は男の下腹部に手を這わせる。一時的に萎んでいた男のピーナスが跳ねるように起き上がった。男のへその下から続く薄い陰毛を伝って隆起したピーナスに辿り着いた女は、指先立てて歩くように根元からゆっくりと突端に移動していき、中指の腹で尿道の先に円を描くように丸くなぞっていく。その動作から次は女がピーナスを舐めたいと言ってくるのか、もしくはヴァジャイナにピーナスを挿入してほしいと言ってくるのか、男は期待しながらむずがゆい快楽に浸りオレンジ色のベッドライトに照らされた天井をぼおっと眺めていたところ、天井に影絵が浮かび上がり女がクイズを出してきたのだった。

「分かった?」

男のピーナスから大量のカウパー腺液が流れ出している事には間違いなく、そのカウパー腺液が女の手の内にある可能性は高い。しかし女がカウパー腺液を手に入れられたように、自身のヴァジャイナから膣分泌液を手に入れることも容易だ。男は諦めて女に言う。

「分からないや」

「正解はね……」

女が顔を上げ男の顔の横に手をつき顔を近づける。そして目を細め男に口づけした。男はそこでクイズの答えに気が付き、ずるいなと思いながら自分の舌を女の口の中に入れた。舌と舌とが絡み合い縺れ合い、口腔内から唾液があふれだしそうになると、男はそれをゴクンと飲み込んだ。

 

(了)

2021年10月10日公開

© 2021 諏訪靖彦

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