食事を入れる扉が開いた。いつもの味気ない食事が射し込まれる。男はそれを無言で受け取った。口を動かし、食べ物を噛みくだいていく。どうということもないが、腹は満たされる。
男の生活にとっては、既にこの味気ない食事すらが秘かな楽しみになっていた。男は冷たい鉄の扉で閉ざされた部屋にいる。部屋にいる以前のことは覚えていない。初めて部屋に来た時、男は扉の外の男に問い詰めた。外の男はそっけない態度で
「お前はなるべくしてここにいる。当然の結果としてここにいる」
ということしか繰り返さなかった。そしてそのままどこかへ行ってしまった。
長い時間が流れた。時間は男に無限の退屈と時折訪れる食事の時間を与えた。この退屈は男にあるともなしに考えることを教えた。
「いったいおれは何をしてここに来たんだろう。それとも何もしなかったからここに来たんだろうか」
男は昔のことを思い出そうとしたが無駄だった。食事を運んでくる外の男はいつも同じ人物らしかったが、なにを聞いてもそっけない返事が返ってくるだけだった。
そんなある日、外の男が珍しく声をかけてきた。
「お前は外に出たいのか」
「出たいさ」
男は外の男が話しかけてきたことに意外さを感じながらも、迷いなくそう答えた。
「本当に外に出たいのか」
男はそこで外の男の口調に雑談めいた語気が感じられないことに気付いた。
「出られるのか?」
声をひそめながら男は聞いた。すると外の男はまたしても
「本当に外に出たいのか」
と同じことを繰り返した。
「出たい」
男もまた、同じことを繰り返した。
外の男はもう何も喋らなかった。少し時間が経った。すると、扉の鍵の音がした。鉄の扉は重々しく開いた。
男は目を細めながらも、外の世界をしかと見た。その瞬間、男の足は動き出していた。捉えようのない力が男を内側から動かしてやまなかった。
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