砂漠の薔薇

夢咲香織

小説

18,290文字

砂漠の小さなオアシスの村で、サラは金のために体を売っていた。魂の脱け殻のように過ごしていたサラだが、幼い頃はもっと幸せだったと思い出す。幼馴染みのイルカとの幸せな日々。だがその幸せは長くは続かなかった……

●医者

ドレスを購入したサラは家へ帰って来た。タンジーは仕事に出かけて留守だった為、サラは一人で部屋へ戻った。寝室で、サラは青いドレスを着てみた。今日はこのドレスで過ごそうかしら? サラは鏡に姿を映してみたが、一人では別段楽しくもない。カイリを呼び出した。

 

「はい、奥様」

カイリはすぐに現れて、サラの指示を待つ。

「別に用事という訳では無いのよ。ただ……ねえ、このドレスどう思うかしら?」

「とても良くお似合いでいらっしゃいます」

「……本当の事が聞きたいのよ。お世辞ではなく」

「本心から申しております」

「そう……良かったわ」

サラは本心とは裏腹にそう答えた。ドレスが似合っていようがいまいが、どうでも良かった。どのみち似合っていたところで、見てくれる人間はタンジーとメイド達である。ドレス姿のサラを見たら、タンジーは喜ぶだろうか? きっと大喜びで、そして脱がしてサラの体を楽しもうとするのだろう。そうなる結末が分かっているのだから、嬉しいとは思えなかったのである。それにしても、タンジーはサラには優しいし、お金持ちである。村で僅かばかりの金で体を売る生活に比べたら、ここでの暮らしはまるで夢のようであるというのに、何故タンジーを受け入れる事が出来ないのか? サラはしばらく考え込んだ。どんなに考えても、明確な答えは出てこなかった。理屈ではないのだ。サラにはどうやっても、タンジーを愛する事は出来そうになかった。

 

このままタンジーの欲求に答え続けていたら、いずれ妊娠しはすまいか? 突然、サラの脳裏におぞましい光景が浮かんだ。タンジーの子を身籠る――そんな事は絶対に後免だった。タンジーの相手をするのは仕方が無いとして、何か方法は無いものか?

 

「ねえ、カイリ、妊娠しないようにするにはどうしたら良いか、お前知っている?」

「は……」

カイリは少しだけ動揺したが、すぐに冷静を取り戻して告げた。

「街に医者がおります。薬を使って、避妊する事が出来ると聞いた事があります」

「そう……」

サラは少し考えると、

「じゃあ明日、その医者の所へ案内して頂戴」

とカイリに申し付けた。

「畏まりました。奥様」

「ありがとう。もう下がって良いわよ」

「はい、失礼致します」

そう言ってカイリは部屋を出ていった。

 

明くる日、サラはカイリを連れて街の医者を訪れた。中々立派な建物で、待ち合い室には既に数人の患者が順番を待っていた。サラは患者達に挨拶すると、ソファーに座った。どんな医者なのだろう? 避妊の理由を訊かれたらどうしようか? そんな事を考えながら待っていると、すぐにサラの番になった。診療室に入ると、大きな机の前で革張りの椅子に座った医者が、向かいのソファーに座るようにサラを促した。

 

「どうされましたか?」

医者は努めてにこやかな声でそう訊いた。

「はい、あの……避妊のお薬が欲しいのです」

「避妊ね……ええ、薬はございますよ。ですが、少し体に負担のかかる薬ですが……」

「構いません。どうしても妊娠したく無いのです」

「分かりました」

「それと、この事は内密にお願いしたいのです。主人にも」

「奥様、ご心配には及びません。医者には守秘義務という物がございます。この部屋で交わされた内容は誰にも話される事はありませんよ」

「そうですか……」

サラはほっと胸を撫で下ろした。

「ありがとうございました」

 

医者から薬を処方されたサラはカイリと連れだって外へ出た。

「間違っているかしら?」

サラはカイリにそう訊いた。

「何がです? 奥様」

「避妊薬を飲む事よ」

「私は奥様の従者でございます。その様な判断の権限はございません」

「そう……。主人には秘密にして頂戴」

「畏まりました」

サラは馬車へ乗ろうとしたが、ふと、通りを歩く若者が気になった。目を凝らして良く見る。イルカじゃないかしら? サラの心臓は高鳴った。

「イルカ!」

サラは若者に向かって叫んだ。若者が振り向く。イルカに良く似ている! だが若者は咄嗟に走り出した。

「待って! 何故逃げるの?」

サラは必死に走って後を追ったが、二人の間はぐんぐん開き、とうとう若者は何処かへ消えてしまった。

 

「イルカ……きっとそうよ、あれはイルカだわ。でも何故逃げるのかしら? 私が分からないのかしら?」

サラはドレス姿の自分を見下ろした。私は村に居た時とは随分変わってしまった。それで、彼は私だって分からなかったのかしら?

 

サラは諦めて馬車に乗った。確かにイルカだった。あの緑の瞳……サラの心に子供時代のイルカの姿が浮かび上がる。幸福だったあの頃。でも、さっきのイルカは薄汚れた服を着て、何だか暗い、ちょっと別人みたいだったわ……。何があったのかしら?

 

でも、イルカがこの街で生きている事は分かったわ。サラの目に涙が滲んだ。良かった、生きていてくれて! 後でゆっくり探せば良いわ……。サラは背もたれに背中を埋めると、大きく息を吐いた。大粒の涙が数滴こぼれ落ちた。今まで、もう二度と彼には会えまい、と思っていた。それは絶望の日々だった。だが、一筋の希望が射したのだ。サラは窓から外を眺めた。日干し煉瓦や漆喰で出来た建物が通りすぎて行く。この街の何処かに、イルカは居る! サラは静かに微笑んだ。

2021年2月11日公開

© 2021 夢咲香織

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