●屋敷へ
大理石の彫刻やら、色とりどりの花を活けた大きな陶器の花瓶やらが置かれた、豪華なホールへ入ると、執事を始め館の召し使い達がズラリと並んで、二人を迎えた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「うん。皆、これからワシの奥方を紹介する。サラだ。皆良く覚えておくように。それからカイリ、お前は今日から奥方のお世話と護衛だ。よろしく頼むよ」
「はい、旦那様。サラ様、何でも私にお申し付け下さい」
カイリと呼ばれた下男は、うやうやしくサラに向かって礼をした。サラは軽く面食らっていた。裕福だとは思っていたが、まさかこんなに沢山の使用人を抱えているとは思わなかったからだ。
「旦那様、お食事の用意が整っております」
「うん。よし、まずは飯にしよう。サラ、食堂へ案内するよ」
サラはタンジーに付いて広い廊下を歩くと、食堂へ入った。こちらもホールに負けるとも劣らない豪勢な部屋だった。天井から無数の蝋燭が並んだ大きなシャンデリアが下がり、壁にはこれまた大きな無数の花を描いた絵画が飾られている。深紅に塗られた漆喰の壁が、部屋を暖かな雰囲気で包んでいた。中央に長テーブルが置かれ、白いテーブルクロスが掛けられている。上座とその斜め横の席に、食器類が並べられていた。
「ま、座りたまえ」
タンジーに勧められるままにサラ席へ向かった。抜かりなく執事が椅子を引く。
「ありがとう」
サラは何とか礼を言うと、椅子に座って溜め息をついた。
「どうしたね?」
「ええ……こんなに豪華なお屋敷だとは思わなくて」
そう打ち明けたサラのグラスに執事がシャンパンを注いだ。
「ホホホ。まあ、ワシは金だけはあるのでね。無かった物と言えば奥方だけだったんだがそれも手に入れた。まあ、ワシの所に居る限り、金の心配はせんで良いよ」
タンジーはそう言って笑うと、グラスを手に取った。
「乾杯といこうじゃないか。二人の幸せを願って」
サラはおずおずとグラスを握る。
「乾杯!」
タンジーはそう言ってグラスをサラのグラスに付けると、一気にシャンパンを飲み干した。スープが注がれ、それを平らげるとすぐに羊肉のステーキが運ばれた。オレンジソースが掛かっている。食事も豪勢だったが、それを乗せている食器もまた、みごとな物だった。サラは青い子花模様の施された白い陶磁器の皿をまじまじと眺めた。村では木か、素焼きの皿しか見たことは無かった。
「皿がどうかしたかね?」
気付いたタンジーが訊ねる。
「いえ……豪華なお皿だなと思って」
「まあな。食事と言うのは、ただ食べ物を食すれば良いというものでも無いのだよ。特にワシの様な、美しいものが好きな者にとってはな。それに、ワシはこう思っておる。お前はワシを愛していないし、それどころか全ての男を愛しておらん。だがそれはお前の生まれ育った環境のせいで、心が荒んだからだ。ワシは美しくはないが、美しい物をお前に与える事は出来るのだよ。この屋敷で美しい物に囲まれて暮らしていれば、いずれお前の心も解れて、それでワシを真実受け入れてくれる日が来るかも知れん。ワシはそう期待しておるよ。さ、難しい話はこれくらいにして、肉を食べなさい」
サラは少しだけ、タンジーを哀れに思った。サラがイルカ以外の男を愛するなど有り得ないのだ。なのにこの男と来たら、贅沢な暮らしを提供すればサラが自分を愛する様になると信じているのだ。そんな日は来ないのに。サラの心の内とは裏腹に、食事は優雅に終わった。
「風呂を用意させてあるから、ゆっくり入って今日はもう休むと良い」
サラは言われるままに風呂場へ入った。青いタイル張りの部屋に真っ白な陶器のバスタブが置かれている。獅子脚が豪華さを演出していた。湯には薔薇の花弁が浮かんで、只でさえ清潔そうな浴室により一層の美を撒き散らしている。サラは粗末な衣服を脱ぐと、湯に漬かった。お湯を張った風呂など初めてである。村では濡れタオルで体を拭くか、せいぜい水風呂にしか入った事は無かった。オリーブの香りのする石鹸を泡立てて体に塗りたくりながら、サラは今日一日の事について思いを巡らした。今のところ、タンジーはサラをまるで貴婦人の如く扱っている。それは決して悪い気のするものでは無かったが、どうしても、タンジーを愛するなど不可能に思えるのだった。見た目の醜さもあるが、タンジーからはイルカの様なキラキラとした生命の輝きの様な物を感じない。確かにサラには優しいが、それは裕福な暮らしに下支えされた余裕から来るものであろう。サラより力があるから優しいだけなのだ。果たしてタンジーがイルカやサラと同じ様な境遇に生まれていても今の様に優しいのか、サラは疑問だった。
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