僕は週に四日、午後五時から十時までの五時間アルバイトに精を出した。その時間帯を選んだのは聖良ちゃんと一緒に働くためさ。聖良ちゃんが高校生であることは彼女の見た目から明らかだった。だから僕は迷わずその時間帯を選択したんだ。のみならず、僕は聖良ちゃんと同じホールスタッフを希望したのだけれど、ホールスタッフは女性のみ、という性差別的な店の規定があった。したがって僕はキッチンスタッフとして働くことになったってわけさ。
好きになった人と一緒に仕事する、それはとてもハッピーなことだ。思っていたよりやることがいっぱいあり店も繁盛していたから、勤務中は聖良ちゃんと私語に興じることなんてほとんどできなかった。でも聖良ちゃんのいらっしゃいませの声を聞いて僕もいらっしゃいませと声を上げる、その瞬間の一体感がもたらすカタルシスが相当なものだったから、僕は彼女と話をしたくてもできないもどかしさに苦しめられることは一度もなかった。
聖良ちゃんと出勤が重なるのは週に二日しかなかった。それゆえ僕はオフの日も聖良ちゃんが出勤なら店へ出向き、客席でアメリカンフードを頬張る仕事をしながら彼女の仕事ぶりを眺めた。誤解しないで欲しい。僕は五時から十時までずっと聖良ちゃんを眺めていたわけじゃない。困っている人のそばを片時も離れない有志者のような、あるいはストーカーの背後に張りつく刑事のようなそんなストーカーまがいのことはしてない。僕の休日出勤(無論無給さ)の労働時間は九時から十時十五分くらいまで。一時間十五分ほどさ。映画の上映時間なら物足りないくらいじゃないかな、その映画が面白ければの話だけど。
聖良ちゃんと出勤が重なる通常出勤の日においても休日出勤の日においても、僕が一番楽しみにしていたのは終業後の十五分間だった。十時に退出するのは僕以外みんな(と言っても三、四人なんだけど)高校生だった。何にせよ、終業後はスタッフルームで他愛ない話をして帰る、という素敵な慣習があった。そのスタッフルームで高校の制服姿の聖良ちゃんをこの目に焼きつけること、それが僕にとって一番大切な仕事だった、それこそコニードッグにチョップド・オニオンをトッピングすることよりも。聖良ちゃんを迎えに来るお母さんが交通事故に遭えばもっと一緒にいられるのになあ、なあんてことを考えながら、僕は聖良ちゃんとスタッフルームで会話することもできた。
スタッフルームは新たな聖良ちゃんと出会える場所でもあった。僕がママにローライダーをねだったのもそこでその新たな聖良ちゃんと遭遇できたからさ。どんな車に乗っている男性が好きか聖良ちゃんに質問したら「ローライダーとかいう飛び跳ねる車に乗ってる男性が好きです!」と彼女はそれこそ飛び跳ねるローライダーのように元気よくそう答えたんだ。だからね、だから僕はママにローライダーを買ってもらったのさ。「キャンプ・フォスターとアメリカンビレッジで今月末に開催されるハロウィンのイベントを盛り上げるためにホッピング仕様のローライダーがどうしても必要だ!」と、アメリカに住んでるママに僕は電話でそう嘘をついたんだ。そうそう、解雇通告を受けた日の翌々日がローライダーの納車日だったなあ。
聖良ちゃんに対する僕の秘めたる想いを正人くんに打ち明けたのは解雇通告を承ったまさにその日だった。聖良ちゃんのお母さんが交通事故に遭わず無事に愛娘を車で迎えに来、僕の視界からまるでソマリア沖のニュースを見た少年の海賊になりたいって夢のように彼女がしめやかに消えてしまったそのあと、僕は解雇されたことを店の裏口を出てすぐ正面にあるスタッフ専用駐車場(車が五台だけ駐められる)で正人くんに話したんだ。
「荻堂さんのような既存のレシピにとらわれないキッチンスタッフをクビにするなんて僕は間違っていると思います」と正人くんは言った。
「君は僕を買い被ってるよ」と僕は謙遜した。「確かにスライスチーズは最低二枚トッピングしてるし、ピクルスは最低三枚トッピングしてるし、それにあらゆるハンバーガーにベーコンをトッピングして客に出しているけれど」
聖良ちゃんに対する秘めたる想いを正人くんに打ち明けるつもりはこのときはまだなかった。空腹を満たすこと、それがこのときの僕に下されていた至上命令だった。したがって僕は彼に「お疲れ!」とそれだけ言って車に乗り込もうとした。がしかし、僕は車に乗り込むことができなかった。愛車に乗車拒否されたわけじゃないんだ。僕が聖良ちゃんへの秘めたる想いを正人くんに打ち明けたのは、車に乗り込もうとする僕の無防備な背中に向かって彼がこんな言葉を投げてきたから。
「荻堂さん、聖良のことは諦めるんですか?」
つづく
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