次の日、僕は渚ちゃんにプレゼントする腕時計を買ってパーラー百里に行った。分かりにくく言っちゃうと、止まっているボールがあるそこへサッカーゴールを動かしてゴールを決めに行った。
僕はその腕時計を買うのに困らなかった。渚ちゃんはスマートフォンで時計店に電話して在庫を確認し、そうして彼女はその腕時計のブランド名と型番とカラーと店の住所と電話番号を紙にメモして僕に渡してくれたんだ。そう、事細かに占ってくれたってわけ。
買ってきた腕時計を渚ちゃんにプレゼントすると彼女はとても喜んでくれた。前歯についた真っ赤な口紅まで見せて喜びを表現してくれた。でね、それから僕は明くる日のラッキーアイテム(僕の幸せは渚ちゃんの喜ぶ顔を見ることなのだから「渚ちゃんへのプレゼント=僕のラッキーアイテム」になるのは理の当然さ)を彼女にまた占ってもらった。その日渚ちゃんが占ってくれた僕の明日のラッキーアイテムは「財布」だった。渚ちゃんは腕時計のときと同様に店に電話して在庫を確認し、それから彼女はその財布のブランド名と型番とカラーと店の住所と電話番号をしっかり紙にメモして僕に渡してくれた。そのメモには「スーパーモデルみたいなスリムな文章ばかりじゃつまらない。脂肪たっぷりの文章があってもいいはずだ。まあその太った文章を読者がお洒落と思うかどうかは別として」というような非芸術的志向芸術家が言いそうな文芸論はもちろん書いてなかったよ。
誤解のないように言っておくけど僕は迷える子羊が(あるいは子羊を連れたハムレットが)腰かける椅子に長座した日は一日だってないんだ。僕の重量級の尻がその椅子に嫌われていたからなんていうお馴染みの理由ではなく、長座するなんて、そんなことをするのは格好悪いじゃないか。あげるものをあげ、聞くことを聞いたら帰る――つまり明日のラッキーアイテムを聞いたらさっさと立ち去る、それが紳士というものさ(かつ渚ちゃんは仕事中で彼女の助言を必要としてる人が世界中に大勢いるわけだし)。あとついでに言うけど、僕は彼女が定めたであろう鑑定料金を支払っていた。これも僕の哲学なんだけど、無闇に高い金を包んではいけない(そういう金とプレゼントは別だ!)。というか、渚ちゃん自ら定めたであろう良心的な鑑定料金は彼女の思いやり溢れる心が設定したものなんだ。彼女のその好意を無下にするようなことがあってはならない。
渚ちゃんに出会って四日目記念日のその日、僕は彼女にプレゼントする財布を買ってパーラー百里へ行った。前日にプレゼントした腕時計はしてくれてなかったけど、渚ちゃんは財布のプレゼントにも声を上げて喜んでくれた。〈渚のアストロロジー〉はまたまた的中したってわけさ。
それから僕は次の日も、そのまた次の日も渚ちゃんのお告げ通りのラッキーアイテムをたずさえてパーラー百里にいる彼女に会いに行った。出会って五日目記念日にはネックレスを、出会って六日目記念日にはハンドバッグを彼女にプレゼントした。
「私って一流の占星術師かも。だって亜男さんが購入するべきラッキーアイテムを毎日当ててるんだもん」
この台詞は僕からハンドバッグを受け取った直後に渚ちゃんの口から漏れたものなんだけど、僕は彼女の言った台詞をこう言い改めた。「君は一流の占星術師じゃない。一流の予言者だ!」と。予言者に一流とか二流とかそういうクラス分けがあるのかどうかは分からない。とにかく彼女を褒め称えたかったのさ。
「さて、何本も骨を折らせて悪いけど、明日の僕のラッキーアイテムをまた占ってもらえるかな。マカロン、腕時計、財布、ネックレス、ハンドバッグと、今のところ君の占いはすべて的中している。当たっているかどうかは君が一番よく分かっているはずさ」
僕はいつものように渚ちゃんに明日の僕のラッキーアイテムを占ってもらうようお願いした。ところが、その日の渚ちゃんは珍しく首を傾げる仕草を見せていた。前日までは星の言葉を瞬時に翻訳できていたのに。
「そういえば渚ちゃん休んでないね、僕の部屋のエアコンみたいに。もしかして明日は休日なのかな?」と僕は彼女に訊いた。変な模様で変な踊りをするオスが奇妙なのではなく、変な模様で変な踊りを好むメスが奇妙なのでは? こっちとおんなじで、奇妙な趣味を持つメスにオスは踊らされているだけなのでは? なあんていうタンビカンザシフウチョウの素朴な疑問についてはもちろん尋ねなかったよ。
「いえ、違うんです」と渚ちゃんは首を横に振った。「おかしな言伝を星から預かったのでお伝えしていいものかどうか……」
どんな言伝でも受け止められるグラブははめているし、僕の財布の重さを信じて欲しい、僕の財布は僕のお尻より全然重いから、と僕は渚ちゃんに言った。すると彼女の重々しかった表情が和らいだ。そして彼女は言った。
「亜男さんの財布の重量を誤認していた私をどうかお許しください。さて占いの結果ですが、あなたの明日のラッキーアイテムは『マンスリーマンションの部屋のキー』です。契約は亜男さんの名義で、場所はここ、美浜地区。家具家電付き、水道代なし、光熱費なし、賃貸料なし。つまり亜男さんが全ての支払いを受け持つマンスリーマンションの部屋のキーをプレゼントすればお相手は喜び、それによってあなたに幸福が訪れるであろうと星は告げています」
渚ちゃんはそう言って親切にもマンスリーマンションの営業所のパンフレットを僕に手渡してくれた。
僕は渚ちゃんのその神託に驚かなかった。彼女は町外からこの店に通っていると言っていたし、それに静かな部屋で勉強したいと吐露していたことも僕はしっかり憶えていたからさ。ちなみに「地球が狭苦しく感じるのは大きすぎる伸び代を持った人のせい」っていう渚ちゃんの発言も僕は憶えてる。
僕は渚ちゃんからパンフレットを受け取って紳士らしくすぐに立ち去ろうとした。が、渚ちゃんがそれを許さなかった。彼女は椅子から立ち上がった僕の腕を両手で掴んで僕を引き留めたんだ。そればかりか彼女は僕の腕を掴んだまま上目遣いでこちらに視線を送ってきたんだ。
渚ちゃんに見つめられて幸せだったと言いたいところだけど僕はそんな単細胞じゃない。僕は渚ちゃんのその瞳を素直に信じることができなかった。それは流石に嘘だと思った。「この恋は成就するはずさ」って北斗たちの前で胸を張って言ったけど、当然それははったりさ。僕は女性に振られ続ける、そのためだけに存在してるキャラクターだってちゃーんと自覚してるんだ。だから僕は彼女と目を合わせたまま次のような大胆な質問ができたってわけさ。
「僕の恋が成就するって言ってる星もいるのかな?」
僕は唾を飲み込んで渚ちゃんの返答を待った。すると彼女は僕の腕を掴んだまま、僕を上目でじっと見つめたまま小さな声でこう受け答えたんだ。
「星は人を応援するのが不得手なだけなの」
つづく
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