利亜夢はどこで取ってきたのか、羊の蹄のような形をしたフイリソシンカの常緑の葉(フイリソシンカには確か羊蹄木という別名もあったはずさ)を、その小さな手にたくさん握りしめていた。そしてけしからんことに、彼はその葉を寝室にまき散らかしていた。そのフイリソシンカの葉はさっきまでロッキー山脈のようにそびえていた僕の腹の上にもあった。利亜夢は数えてもらえなかった羊がヒステリーを起こして暴れ回った様子を表現したかったんだと思う、おそらく。
「どんなに眠れなくてもヒステリックな羊なんて数えるつもりはない。利亜夢、葉っぱを片づけろ!」と僕は怒鳴った。
「どうして?」
利亜夢はお得意の「どうして?」で応戦した。いつものことさ。彼は僕を馬鹿にしているのだ。彼は僕の生煮えの片づける理由を聞いて、ほくそ笑みたいだけなのだ。僕は利亜夢を見据えながらこう言った。
「どうしてって、利亜夢、僕の寝室に葉っぱは必要ないんだ。『昨日の僕は元気かな?』って心配くらい必要ない」
どうしてそんなことしか言えなかったのか、それにはしっかり火の通った理由があるんだ。僕はキスの一件で頭の回転に必要なブドウ糖を使い切っていたのさ。
が、それがかえって幸いした。僕の生煮えの片づける理由に満足したのか、利亜夢は大人しく葉を拾い始めたのさ。薄ら笑いを浮かべていたけれど、何にせよ彼に葉を片づけさせることができた。僕は試合に負けて勝負に勝ったんだ。
僕はベッドから起きた。そして葉を拾う利亜夢を監視した。
備瀬利亜夢。彼は五歳の誕生日を迎えたばかりの幼稚園児だ(※これは昨年の九月半ば頃の話なんだ)。利亜夢はよく女の子に間違われる。彼は同い年の子と比べると細くて、背も低くて、そしてマッシュルームカットの頭に、妙に色気のある二重の目を装備している。あの姉とあの義兄の創作物にしては上出来だ。ハイブランドの服も着こなしているし、可愛い子供さ、見た目だけは。
利亜夢は僕にいたずらばかりする。ストロベリーソースに見立てたデスソースをおやつのパンケーキにかけられたり、シューツリーにガムをつけられたり、車の尻に空き缶をたくさんつけられてブライダルカーにトランスフォームされたりなどということは一度や二度じゃない。とりわけシューツリーにガムをつけられるのは最悪だ。アウトソールではなく、インソールにガムがつく悲劇に見舞われたことのある同志はいるだろうか? さらに、紙や布や革などに穴をあけるネジ回しみたいな形をした「スクリューポンチ」とかいう道具で、クローゼットの中の服やベルトは勿論、まだ読んでいない新聞に印刷された数字のゼロだとか、句点だとか、半濁点だとか、ひらがなの「る」だとか、とにかく「まる」を狙って穴をあけられたこともあった(お悔やみ欄だけは無傷だった)。まあ、そのスクリューポンチとやらでコピー用紙をルーズリーフにしてくれたのはありがたかったけど。
利亜夢は僕の寝室にまき散らかした葉を全部片づけたんだけど、僕の部屋を散らかしていたのは彼だけじゃなかった。見知らぬ女の子が居間を荒らしていたんだ。
つづく
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