小四女児連続自殺の解(第1話)

諏訪靖彦

小説

2,053文字

分割しました。1

 有賀芳江は右斜め前の席をぼんやり眺めていた。その席はある日を境に登校してこなくなった森本賢治の席だ。芳江の通う門前小学校四年二組のクラス担任荒川恵美が、クラスで飼育していたウサギを殺した事が発覚して学校を辞めたのと前後して、事件当時、生き物係をしていた森本が失踪した。当初、荒川が森本の失踪と関係しているのではないかとクラスで噂になったが、どうやらそうではないらしい。荒川はウサギを殺したことによる器物損壊容疑で逮捕されたが、学校側が告訴を取り消して示談が成立、起訴猶予となり起訴されることはなかった。荒川は十日間勾留されただけである。もし荒川が森本の失踪に関わっていたとすれば、警察は何かしらの理由を付け勾留期間を延長し、すぐには釈放しなかっただろう。
 森本は誰に対しても平等に接し、相手に合わせて言葉を選ぶ大人びた雰囲気を持っている男子だった。クラスの人気者ではなかったが、隣の席に座るいつもブツブツと独り言を言って友達のいなかった宮澤靖子にも、普通に接する優しさを持っていた。しかも森本が隣になってから宮澤の性格も変わったように見える。きちんと挨拶をするし、気味の悪い女の子のイメージはなくなりつつあった。芳江はそんなことを考えながら、隣の席へ視線を移す。すると突然宮澤が振り返った。まるで後頭部に目がついているかのようだ。
「どうしたの? よっちゃん」
 宮澤は芳江のことを「よっちゃん」と呼ぶ。席替えで同じ班になるまで話をしたことが無かったが、森本が失踪したころから言葉を交わすようになり、最近では一緒に下校するまでの仲になっていた。
「宮澤さん凄いね。まるで後ろに目がついているみたい。得意の黒魔術?」
 芳江は宮澤のことを「やっちゃん」とは呼ばない。一度やっちゃんと呼んだら宮澤から反社会的組織みたいだから止めてと咎められたのだ。
「なんとなく視線を感じたから。それと、黒魔術はお休み中だよ」
 宮澤はつい最近まで黒魔術にはまっていたようで、休み時間に意味の分からない図形をノートに描いたり、一人でブツブツと呪文を唱えたりしていた。その様子を見てクラスメイト達は宮澤に距離を置いていたのだが、最近はそういった行動も少なくなっていた。
「え、宮澤さん黒魔術やめちゃったの? 宮澤さんの呪文聞けないじゃん」
 芳江の隣に座る望月千代吉が二人の会話に割り込んできた。望月はその特徴的な名前からクラスメイトに「チヨ」と呼ばれている。本人はおばあちゃんみたいだからと気に入らない様子だが、チヨと呼ばないのは教師ぐらいだった。たまに教師が望月と呼ぶと誰のことなのか一瞬わからなくなる。クラス中がチヨと呼んでいるのだから教師もチヨと呼べばいいと思うのだが、今の担任も前の担任も生徒のことを下の名前やニックネームで呼ぶことはなかった。
「ほら、そこの三人。ちゃんと先生の話を聞くように」
 担任の荒川が逮捕されたことにより副担任から担任へ昇格した須藤武夫が三人に向けて注意する。芳江はビクッと肩を揺らした後、申し訳なさそうに視線を須藤に向ける。宮澤も前に向き直った。
「チヨが大きな声を出すからだよ……」
 芳江は望月にだけ聞こえるような小さな声で言った。
「俺のせいにするなよ」
 芳江の声より大きな声で望月が言い返すと、その声は須藤まで届き、再び望月は注意されることになった。須藤に二度怒られた望月は、ふてくされた顔を芳江に向けてきたが、芳江はそれを無視する。芳江は望月のことをあまり好きではなかった。すぐ人の話に割り込んでくるし、軽薄で子供っぽい。森本と同じ学年の男子とは思えなかった。
「来週の社会科見学は民族博物館へ行った後、ミササギさん周囲の陪塚群を見て回ります。これから渡すプリントに当日の予定が書かれているので、よく読むように。それと、必ず家族に見せるように」
 須藤はそう言うと、列毎に分けられたプリントの束を列の先頭に座る生徒に順に渡していった。プリントを受け取った生徒は自分の分を取り残りを後ろに回していく。芳江が宮澤からプリントを受け取り後ろに渡そうとした時、ドスンと大きな音が教室に響いた。それと同時に窓際の席に座る伊沢久美子が叫び声をあげた。須藤は伊沢に近づき一言二言言葉を交わした後、窓の外に目を向けると、その場に固まってしまった。芳江は窓の外に目を向けるが、花壇に植えられた背の高いダリアによって視線が遮られ、花壇の先で何が起きたのか知ることが出来ない。芳江を含め、何名かの生徒が立ち上がり、窓際まで歩いて行こうとすると、須藤が制止した。
「全員席を離れるな! 絶対に窓の外を見るな!」
 芳江は二三歩踏み出したところで止まり、絶叫に近い声で生徒に指示を出す須藤を見る。その直後、須藤の背後に頭を下にした体制で空から降りてくるクラスメイト山本明美の姿が目に入った。山本は大きく目を見開き、芳江と目が合った後、ダリアの中に吸い込まれていった。そして再び大きな音が教室に響き渡る。芳江には山本が笑いながらダリアに飛び込んでいったように見えた。

2019年3月1日公開

作品集『小四女児連続自殺の解』第1話 (全13話)

小四女児連続自殺の解

小四女児連続自殺の解は1話まで無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2019 諏訪靖彦

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

サスペンス ミステリー

"一"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る