窓から街が見下ろせた。夜明け前の街はうっすらともやに包まれている。この街で一番高いビルの10階に僕の部屋はあった。
ベッドではカノジョがまだ眠っていた。僕は肌寒さを感じて目を覚ました。窓を開け放したまま眠っていたのだ。もうすっかり秋だ。もやの中に沈む街を眺めながら煙草を吸った。
僕は
そこまで書いて、手を止めた。カーソルがそこで点滅している。暗い部屋にモニターの明かりが眩しく感じられた。頭が痛かった。目が疲れていた。オレは疲れてしまっていた。何に疲れたのかわからなかった。ただ、オレは疲れていたのだ。
ここに文字を打ったのは9月だった。今はもう1月。あれから4カ月もたってしまった。相変わらず必要のないものばかりが増え続けた。本当に必要と思われるものは何一つ得られなかった。
失ったものは視力。確実にオレの視力は退化した。あらためて失ったものはそれくらいだ。ほかにはもう何もなさそうだ。
憂鬱で眠れない夜には詩のようなものを書いた。
月を見ていた
赤みがかった月だった
明かりを消した部屋の中
床に寝ころんだまま
窓越しに差し込む冬の月
留守番電話から聞こえる再生されたその声は
ここではなかったどこかから
遠く呼びかけるこだまのように
僕の奥の彼方から
かすかに響き合いながら
聞こえてくるようだった
赤みがかった月を見ていた
細くよじれた灰色の雲が
時折それを横切って流れた
僕の奥の彼方へと染み入る赤光は
極めて緩慢な点滅を繰り返し
ここではなかったどこかの記憶のようなものをさえ
よじり切り散らす
次第に僕は私を離れ
染み入る赤い光の道を
その赤い月に向かうように
ゆっくりと昇天していく
月を見ていた
私は僕をしずかに送る
聖騎士 ゲスト | 2011-03-27 10:26
途中挿入される詩によって物語世界へぐいぐいと引き込まれていきました。
そしてラストへ向けて昇華される「僕」の心。
肉体的な死がそのまま心の消滅を表すのではない。
「僕」にとって赤い月がもたらすものは苦痛か安堵か。
倦み疲れた日常の中に垣間見える詩的な幻想世界を堪能させていただきました。
素敵な時間をありがとうございました。
grandodo ゲスト | 2011-03-27 18:21
神秘的な赤い月への幻想。僕のこころの深奥にまで月の光がとどいた一瞬ですね。ありがとうございました。