夢の中に入り込む時、多くの場合に私は湿度について注目する。だって、それこそがタイピングの理由なのだから。私たちはいつでも二人称を探している。そうして宇宙空間のような黒色の場所をさまよっている。
朝日の中にあの有能な乙女が立っている。私はなんてことのない会話を仕向けておく。数式が利己的な考え方で利用され、上空に新しい小説が飛び交う。私たちはいつの日かに私たちの娘が銃弾を攻撃してくれる可能性について論じている。テーブルが増え、誰でも図形をえがくことが可能となる世界がやってくる。時代が変動し、私たちは簡単な握手さえ躊躇うようになる。議論に対する答えを持つ人間がついに消滅した。私はいつでもこの生配信の復活を待ち続けることにする。飛行機の音が響く。もう何日も頭痛が唸っている。誰かに餌を与えなければならないことだけを思い出している。夕暮れが終わり、四季の中に不鮮明なリアリティが浮かび上がる。原始的な炎を持ち、パーソナルコンピュータの中から仲間を探している。私は旅行を知らない。私たちは歌うことを知らない。私たちは命を知らない私たちはあなたを知らない私たちは階段を駆け上がることしかできない。
最後の日々がやってくる。それを自覚している生徒だけが武器を持つ。反抗的な頭脳が飛び上がり、起床時間を過ぎても二階から離れようとしない。軍隊が瓦解し、代わりのように幼稚園が再建されてゆく。何にも許されていない組織がいくつもひしめいている。私たちはいつでも黒板を求めた。けれど私たちの中から文芸が派生することは一度もなかった。アーティスト連中がまるで指揮者のように何か語っている。誰でもない新聞のような人柄の男どもが目を傾けている。執刀医が釘を利用し、食物連鎖を知らない幼児が人工甘味料を食べている。空が拓かれ、ジッパーが完成してしまう。組み上がったハシゴの先に何が聳えているのか、そんなことを知る人間はどこにも居ない。誰であってもデジタルな世界観に取り憑かれてる。そしてここは、狂気の教室。
夢世界の中から信号が届く。被疑者たちの訴えによって裁判官が死亡する。事件はニュースとなって世間を駆け巡り、世間ではない部分にまで新色する。ジャーナリストたちが肉包丁を握る時代がやってくる。科学者が死亡し、そういう装置のような顔をした教師はスーツの存在にようやく気付く。
二年後の世界、『本と銃火器』という書物が偶発的な理由を利用して浸透する。あらゆる学者がこれを批判し、甲殻類となった作家が運動を起こす。街が火炎に包まれ、国会という名前を与えられただけの銅像が崩壊する。川にチョコレートが投てきされ、軍隊が玩具のように消費される。フィクションを歌った時代が過ぎ、それから朝日のようにデジタル化した社会がやってくる。全てを阻止するために派遣されたエージェントが居る。彼は、勤務中の娯楽摘発概要によってギャングに染まり、それから一週間でネットゲームへの課金方法を熟知した。まるでソーセージのような政治社会が淘汰される。何か批判的な配信者連中が軍属として演説をする。タイピングの平均速度が向上し、校長という役職には特別な免許と責任が付与される。どんな国のどんな資金的援助も卑猥だと思われる。分散した記者連中がまたひとつに集合し、アニメーション作家だけが喜びの踊りを披露する。劣等感という単語が消え、代わりのように歌唱力が試される。事務所と事務所の境目が消え、小学校が十二年生まで対応しはじめる。人々はやがて二階と四階の区別をつける重要性を忘れ、エアガンだらけの国家が美徳だと記事に記される。夕暮れが角張った様子を披露し、それらを観察している人物だけに権利が与えられる。権利とは高級な首輪のことであり、全てを予知夢の中で観察していた女児がこの狂気の教室の中心地点で首吊りを企てる……。
二月から三月へのタイムスリップに成功する……。首元を締め付けるあの感覚がそのまま呼吸として記録される……。山羊や蟻や草食動物がうろちょろしている……。言葉遣いを間違えたことがある……。フラスコの中を覗いてみる……。酔いつぶれた教師の懐から二万円札を取り出す……。銀行強盗ごっこセットを五つ購入する……。軍隊の、あの89式小銃を試射する……。
私のような堅牢な画家に壁を彩らせるとどうなるのか。答えは単純で、誰もが跪く絵画になる。そして、あののんびりと筆を走らせる東京のような空のような試験管のような実験動物のような原稿用紙のような編集者のような太陽のような巫女のようなリアリティを損なう軟体動物も、結局のところえがいている。そして音楽的なライブに参戦する。誰もが、社会学的な知見を持っていると人から認められたい。その中で、さらに自分にはバーチャルリアリティー的な才能があるのだと思いたい。しかし一般的な人間は歯科医にしかなることができない。どれだけ小学校の時、将来の夢は消防士だとえがいたとしても、タイムマシンで二年生に戻ってみせると意気込んだとしても、そんなものは昨日の夕方の雲のように消えてしまう。そして、二十代になった頃から脳裡に歯科医としての心得が浮かび上がる。誰でも小児科を嫌っているし、誰でも虫歯への対処方法を熟知している。そして、インターネットの中で語られる多くの小児性愛に関する危険性は事実であり、誰でも脳裡で自らの両足を意識すれば、眼前に狂気の教室への扉が浮かび上がる。
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