「君には歴史改ざんのメイを出す」
と部長が呟いた。
「どうしておれが轢死買い斬などをしなければならない?」
とボルデイン警部は訊ねた。
「それは君が歴史改ざんに長けているからだ」
と部長はぶっきらぼうにいい返した。
そもそもメイとはなんだ……、とボルデインは心の底から思っていた。実のところ、ボルデインは自身の才能について理解していなかった。富士山が自らのことを富士山だと理解していないように、フジキセキが自らの名前をまだフジキセキだと理解していないように、いいや、ゴールドシップならどうだろうか。ともかくボルデイン警部はトレンチコートをはためかせ、歴史改ざんのための電卓機器の前に立ちふさがった。
「お前は包囲した」とボルデインは拡声器でそうするように電卓機器に叫んだ。大蛇のような声だった。そして、ボルデイン警部は白昼堂々不倫をするかのように電卓機器の一部分に触れ、そこから電卓機器の全て、事のあらましを予測しようとした。
電卓機器とは普通の場合床に置かれており、この警察署のあらゆる箇所に存在した。今、ボルデイン警部が使用する電卓機器は第三トイレのすぐ横に位置するものであり、周囲には鉄と尿が運よく混ざったかのようなニオイが立ち込めていた。ボルデイン警部は仁王立ちのまま、またトレンチコートを着たまま腰を曲げ、前方向にかっくりと上半身を倒して腕を伸ばしていた……。
「これは大事になるぞ……」
それからボルデイン警部は、キョウシュワルシャ軍曹、という人物を思いついた。いいや、キョウシュワルシャ、などという人物はこの世のどこにだって存在していない。しかし、今まさにボルデインの脳裡に立ち上がり存在しはじめた……。キョウシュワルシャは第三地区第二要塞出身、十一歳の頃に数式に関する博士号を取得し、そのまま大学へ。十五歳の時に、それまで数学世界のどこにも存在していなかった、というか存在を発見できていなかった数式を二つ発見し教授の地位につく。二十歳にして恋人ができるが、自身に課せられた数式に関する学問の道を、この人は歩んでくれないという結論を出し自ら婚約破棄、二十五歳にて障害独身を貫くも、三十歳の頃に二歳年下の女性と駆け落ちをする。この頃からキョウシュワルシャはアルコールに依存する気配が現れ、三十五歳の時に正式にアルコール依存を診断される。妻との生活も破綻し、子どもが生まれる直前に離婚する。酒の量が増え、学問の世界からも見放されたキョウシュワルシャは首吊り専用のロープを握って最期2個のように呟いた。「吾輩は猫である」。享年四十六歳、首を吊る直前に解いた数式は1+1で、これは後のあらゆる数式における基礎となった。
「お前のことばかりを考えていたぞ……」
ボルデイン警部は濡れた電卓機器から立ち上がって部長室に駆け込んだ。
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