メニュー

カップ焼きそばの挑戦。

巣居けけ

そもそも、この時間帯にカップ焼きそばを食べるという行為とは、はたして許される行為なのだろうか。

小説

3,751文字

そもそも、この時間帯にカップ焼きそばを食べるという行為とは、はたして許される行為なのだろうか。

カップ焼きそばといえば高いカロリーが内包されているわけで、それを、こういう真夜中にあえて摂取してしまおうという思想には、人間らしさというか、愚かで道楽的な動きを感じざるを得なかった。

私という人間は、他の人間よりもあきらかに劣っている奴なので、どうしても、他を無視してまではやく寝て、活力を溜め込む必要があるのだが、しかし今夜は、この夜だけは、そういう、自分が今までおこなってきた生態のようなものを、あえて無視するほどに、この、カップ焼きそばだけに意識を集中させていた。

私は戸棚の中のカップ焼きそばを一つ拾い上げ、何かを思考する間もなくパッケージの薄紙を剥がした。これはなかなかのクセものだった。たとえば爪で引っ掛けて剥がそうとしても、爪がつるりつるりと滑るだけで無駄に終わって、ならば、紙と紙が接続されている底面の位置の分厚い弱点を取っ掛かりにして剥いてみようと動いても、その弱点はなかなか強固な弱点で、私の分厚い皮膚を嗤っているだけだった。

躍起になった脳に浮かぶ思考はいつだって調理用ハサミで、私は、これをさっさと食器棚から持ち上げると、殺人でも犯すような勢いで薄紙を破壊した。

むき出しになったカップ焼きそば白色だった。発泡スチロールの手触りは最悪で、私はそれをテーブルに置くと、上部にへばりついている蓋を開封していった。こちらもなかなか迷惑なやつで、容器のふちと接合されている部分の接着剤が強烈なのか、何なのか、少し剥がそうとするだけで大きな音が鳴った。破瓜の直後の生娘のような蠢きで、ずるずるずると呻りながら、それでも私はカップ焼きそばを無事に開封した。

半分まで剥がれた蓋の向こう側に視える内包物は、麺本体と、ソースと、それからかやくだった。私はそれらをほじくり出すように持ち上げると、そのうちのかやくをさっさとゴミ袋に投げ入れた。同時にそこで、蓋に付属しているカップ焼きそばの作り方の存在を思い出した。

あそこには、まるでそれが法的な義務であるかのような情緒でかやくの使用を促していた。阿呆だと思った。確かに焼きそばという食べ物に緑色は不可欠だが、しかし私には、この小袋に入れられている硬いだけの黄緑色が、麺と同様に誰か人のために造られた食べ物だとは思えなかったし、そもそも今の私は、野菜ごときで腹を膨らませるつもりなど無かった。

そういう余裕すら喪失させるほどの魅力を宿している食べ物こそがカップ焼きそばであり、そこに緑色は不要だった。私はゴミと化したかやくの小袋を見下ろし、ソースの袋を揉んだところでまだお湯の準備ができていないことに気付いた。

お湯は数分で完成した。

使い古したポットで、母親が購入したため桃色だった。私はぐつぐつと揺れるように上がっているポットを持ち上げてカップ焼きそばに注いでいた。なんだか重たいような気がした。お湯は確かに水分だったが、そんなことを無視してくるのが沸騰されたお湯だった。容器内部の硬い麺にぶち当たり、そのまま容器の底になみなみと溜まっていくお湯には明確な重量が在り、その存在感は湯気として私の頬を撫でて去っていった。

私はカップ焼きそばの蓋を閉じた。しかしそこで、この軟弱な蓋を保持するための道具を用意することをすっかり忘れていたことを思い出した。右手の人差し指で、差し押さえるように蓋のふちを保持しながら私は押えるものを探した。潰れた視線は薄暗いリビングを激しく駆け抜けた。それでも相応の物体は見当たらなかった。ふちを細工して留めておくかと落胆した瞬間、私の視界の中で最も身近な位置に、ソースの小袋が入ってきた。

蓋の保持役をソースの小袋に任せてから、私はタイマーで三分を計測しはじめた。タイマーも桃色だったが、今度のものは薄くはなかった。ぎらついたショッキング・ピンクで、肌触りは容器と同様に悪質だった。デジタル式の液晶画面も小さいため見づらく、しかし私は、それに頼って三分という時間を意識していった。

放置されているパイプ椅子に座り込んだ。尻の全容を預けるような心地で、ふうと息を吐いていると天井が視えた。やはり薄暗く、しかし、だからこそ白色であることが理解できた。私はそこから目を離して小窓を視た。ここはマンションの二階であるため、外の道が視えた。歩道で、私がいつも駅からの帰路に使う道だった。時間帯を考えると誰も居ないだろうと思いぼんやりとみつめていたが、唐突に赤色のジャージを着た男が通り過ぎた。私はどきりと呻った。その男はなぜかこちら方向を睨んでいた。確実に目が合った気がした。目だけではなく脳内すら読み取られているような心地に至った。脈拍が猛烈な速度で上昇し、もうこの小窓を執拗に眺めることはやめようとだけ思った。同時にテーブルの上のタイマーが鳴り響いた。機械的な音だった。

テーブルの上に容器を置いたことを後悔していた。

カップ焼きそばには最後の工程として湯切りがあった。それは、蓋の一つの部分を開封し、特殊な加工の施された穴から、中の水分だけを取り除くという作業だった。私はこの湯切りが苦手だった。そもそも、熱かったり重たかったりする物体を、そのままその形を保ちながら持ち歩くことが苦手だった。だからこそ、台所から少し離れたこの位置にカップ焼きそばを置いたことを、この位置でカップ焼きそばの作成を開始したことを後悔していた。

しかし後悔したところで遅かった。それは全ての後悔に言えることだった。人間の呼吸の仕組みよりも明確でわかりやすい現実の流れだった。故に私は手ぬぐいを取り出し、指が火傷をおわないように工夫しながら容器を持ち上げた。途端に中で何かが蠕動した。重たいものがぐるりと蠢いて左右の保持に寄りかかった。足取りが慎重に成って、呼吸が何よりも鮮明に至った。私はがに股で歩いていた。しかし床と足が離れることは無かった。足裏をべっとりと床に触れさせたまま、そのまま滑るように前進していた。燦然と轟いている台所の狭苦しい位置に向かって進んだ。容器の中の液体は何度も何度もうねっており、その度に私は自分の指や足の心配ばかりをしていた。

流しに到達したところで私は、容器の特殊な穴を開封していなかったことを思い出した。故に私は、急遽容器を流しのすぐ横の隙間のような場所に置いて、指で引っぺがすように穴を開封した。その部分の蓋は他の箇所よりも柔らかい開封だったが、穴が視えた途端にむわりと煙が立ち込めて、私は、自分の親指が素早い火傷をついに被ってしまったような心地に至った。

再び容器を持ち出した私は、そのまま、やはり滑って移動する心地で容器を流しの上に移動させた。銀色の硬そうな質感と、白色のいかにも貧弱そうな質感が同時に在った。

私は流しの中の、さらに排水溝の部分を目指して容器を傾けた。特殊な穴の部分そのものを落として排除するような心地だったが、しかし、実際に出ていったのは中の水分だけだった。

どろりとした心地だった。容器の水分、というかお湯の流れにはやはり明確な重さが在り、それが途切れずに抜けていくのを素手で感じていると、ただ容器を傾けているだけだというのに、妙な労働の心地を得て不思議に弛緩した。

容器が軽く成るのは数秒で、私はだいたいの水分が去ってくれたのを指で感じ取るとそのまま容器を揺らした。それは、公衆便所などで尿をあらかた出し尽くした後に、陰茎に付着している尿の湿り気を落とす時のあの動作に似ていた。穴からちょろんと垂れている面の柔らかさがなんだか目新しくて、腹の底がぽっかりと震えていた。

湯切りを終えた後にテーブルに移動した私は、数秒の歩行の中でそれを意識していた。過去への疑惑だったが、そのちっぽけな思考は空腹感と共に消え去った。私はテーブルにしっかりとついてから、容器に中途半端にこびり付いた蓋を根絶する勢いで剥がした。すっかり弛緩して温められた麺が現れた。形だけを視ると、やはり陰毛にしか視えなかったが、しかしどうしてか、私はこのちぢれ毛に対して、強烈な可食を意識してしまったしょうがなかった。

私は次に、ソースの小袋を麺の上で開封した。保持している全ての指を強烈に力み、慎重で刹那的な破壊を小袋に与えて拓いていくと、その周囲にのみソースの臭いが舞った。小袋の中に溜まっているソースは重油のような見ためだったが、これもやはり、私の可食を加速させるだけだった。

私はソースを傾けた。それは湯切りと同じ情緒だった。中の液体を外に逃がすためだけの動きで、淡々としていたが慎重だった。絶対にこぼしてはいけなかった。肌色の麺の上に黒色の太い線を描くような心地だった。

ソースが空になった後、私は箸を忘れたことを知った。なんだかカップ焼きそばから避けられているような心地で、それでも私は台所から箸を引っ張り出して戻った。片手で箸を保持して突き入れて、ほぼ質感の無い麺を容器の中におさめるようにかき混ぜると、さっさと一部を拾い上げて口にねじ込んだ。
「ぶふっ……!」

ソースの酸味と麺の熱が、一斉に鼻を刺激した。

私は麦茶を用意するために、再び台所に歩いていった。

© 2025 巣居けけ ( 2025年12月31日公開

読み終えたらレビューしてください

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

この作者の他の作品

「カップ焼きそばの挑戦。」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"カップ焼きそばの挑戦。"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る