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絶滅しそうなおもちゃ

合評会2026年1月応募作品

猫が眠る

特に何があった訳でもないけど、彼は深夜に散歩する。永久に。カタカタと音を立てて、散歩する。どこがカタカタと音をたたているのかは分からないけれど、必ず、彼の歩きにはカタカタと音がする。 

タグ: #リアリズム文学 #純文学 #合評会2026年1月

小説

4,030文字

 男は 「スカイプで電話でもしようかしら」 と一人で呟いてる。変だ。
だいたい夜中に、カタカタと音を立ててるのが変なのにさらに、スカイプ、昔のアプリケーションを使って電話をするって。おかしいにも程がある。というか、スカイプは既にサービス終了している。
 

 

 そう、今日は8月15日。彼の誕生日だ。 

 彼はスカイプしかアプリケーションを入れていないのでサービス終了のアプリケーションから「おめでとう」の報告があるはずもない。誰も使えないんだもの。当たり前だ。 

 こうして、彼は早朝の公園で眠る。お金なんかないから、剥ぎ取るものもないので、特になんにも心配は要らない。 

 怒られたのかなぁって、思ったりもするけれども、別に各段いいこともないし、そんなことは隅において、朝になったらみんなに「こんにちは。お元気ですか」と挨拶をしたいと彼は思った。 

 眠りに落ちるとき、どんな気持ちがするのだろうと彼は訝しく思ったが、眠りという概念が彼には分からないのであった。 

(夜に眠るのはなぜ?)というのが彼の考え方であった。圧力鍋の原理は分かるが、人間が昼間に出て夜は眠るというのは意味がわからなかった。 

 しかも今は夏、夏なのに、日照りで、 

「あつい、あつい」と文句を言いながら、昼間に働くというのは馬鹿みたいだと彼は思う。なんで夜に電車が、バスが、走らないのだ。と彼は思う。 

 彼が描く未来は、夜も明るい。 

 彼はベンチでそんなことを考えながら、眠りに今にも落ちようとしているさなか、女性と思わしき人が近づいてきた。 

 彼は「いまひとりのひと時を邪魔しやがって」とかおもったが、それは、私であった。私と彼は出会い、そして、「こんにちは、元気ですか」とどちらかが言ったみたい。 

 そうでもないのかな。 

 私は彼の気を引こうとしたんだけど、彼は明らかに嫌そうな顔をしていた。 

 私は好みのタイプじゃなかったかなぁと思ったけど、夜に歩いてる17の女なんてろくなもんじゃないから、とかそういうことを思っているのかな。 

 嫌だなぁ。私にだってプライドはあるのに。 

 私は彼に好きな音楽について喋りちらして家に帰った。家に帰るとこの日記を書いている。 

 だからめげるな! 

  

 彼はこんな女の話聞く価値もないわと思っていた。帰ったら、ゆっくり、彼女の話でも書いてやるか、と思い、朝焼けを待った。 

 彼は独りごちた。 

「万人受けするのは、綺麗な写真だけ。大きな素敵な広い写真だけ!」と。 

 時間だけは彼には有り余っていたので、とにかく書くことを優先して、写真にテキストとして貼り付け、SNSにアップロードした。 

 いつもの通り、彼の粋な写真には、様々なフォロワーからいいねがついて、色んな人の目に付いた。 

 リプライはほとんどなかったが、一つだけ、気になるリプライがあった。 

「ごめんね」 

 とだけ書いてあった。 

 アカウントを見に行ったが、作ったばかりのアカウントらしくいわゆる、《捨て垢》というものらしい。 

 彼は頭を抱えて、自分が謝られる覚えがあったかどうか、考えた。しかし、まあ、謝られる覚えはいくらでもあるし、ないと言えば、ない。それというのも、自分がいざこざを起こした時は、基本的に自分から切るか、相手から切られてきた。そのあとに謝られるなんてことは、全然ない。罵倒される方が多い。ストーカーもいたな……。 

 彼はとりあえず、「誰ですか」と返してみることにした。 

  

 それから数年後、私は夜中、車を運転して和歌山の真夏の田舎を走っていた。眠くて、信号無視も何回もした。海には何とか着いたが、よくもまあ生きてこれたものだなぁと思う。私は彼女(私はレズビアンである)を起こして、夏目漱石の「行人」に出てきた、海の、砂浜で、夜中、エッチなことをしようとする。でも、ちょっと、常夜灯ついてて、窓が開いてたせいで、蚊が入ってきてそれどころでは無い。裸のまま、蚊に欲しいままにされてこれはこれで、犯され……私はタチだから関係ない話だった。蚊を叩く合戦になってきたのだ。それは闘いであった。裸の私たちが闘っている間、外では若いヤンチャな人たちが、ワイワイ騒いでて、私は私たちの裸の闘いを嘲笑っているのかなと思った。それでもやっぱり、その後で交尾? はした。 

 その時彼はまだ25歳で、従姉妹は可愛い女の子だった。彼の考え方として、精神の病は全て、物質から来ていて、例えば、大陸のどこかの気候にしか生えない植物の花粉に対するアレルギーのようなものを持つ部族が居たとして、彼らが大陸を移動する際に、その花粉に当たってしまって、例えば双極性障害のようなものが起きる、と。だってそうじゃないと、僕のような統合失調症が遺伝的に淘汰されていないのはそういうことにしないと説明がつかない、と彼は思った。 

 彼は日記帳の1ページ目を開くと、「未来の自分宛にこの日記は書くこととします」と書いてあり、明確な西暦の日時と書き始めた時刻が記されてあった。まあ、もう自分とはかけ離れたような自分がいた。彼はちらっと見て、その日記帳を閉じた。あまり、自分は「未来の自分」ではないと思ったからだ。 

「そんなこともある」 

 彼はとりあえず肯首してみた。明日のことを考えよう。日記は女のことばかり、書いてあるし。彼は厄介払いするように、手を振ってから、日記帳を棚の奥深くにしまった。 

 次の日、彼は家の裏の教会へ行った。神父さん、或いは牧師さんを訪ねに行ったのであった。 

「私に真理を教えてください。」 

 彼はそう言った。 

「どういうことですか?」 

「ほんとうのことを知りたいのです」 

「たとえば、キリストの磔刑のことですか?」 

「違います。私は……」 

 彼はそこで、言葉に詰まった。 

「どうしたのですか。」 

「いえ……」 

 彼は帰路についた。彼の家の裏手には森があり、土が淡く浮かぶ匂いがした。夏の、土、生き物の息遣いの匂い。森は呻くように、夏の太陽の光を丸く……日食で、丸が欠けてきたのを彼は眼差しにみた。 

「私はまったきの陽に当てられたい!」 

 彼の叫びはどこにも届かなかった。 

  

 田辺が私の家に来て、お菓子食べて愚痴って帰った。田辺は私の幼なじみで、保育園から一緒だ。私たちはこれまでそれぞれの実家で踏ん張ってきた仲だから、ニコイチで、夜も話し込んでいた。恋バナ。私はレズだけど、田辺は、男の人とよく付き合う。なんで男と付き合うのか私には分からない。今度は、女の子と付き合えばいいのに、と思う。ていうか、付き合うのと仲良しなのと違いはなに?って思う。 

 田辺は、「男はかわいいのよ」って言うけど、私には怖い人たちにしか見えない。私だって、田辺さえ良ければ、田辺と付き合いたいのに、男たちが邪魔するんだもの。男たちは消えてしまえばいい。パパ以外。パパは大事。お金を与えてくれるから。ありがとう。 

 私はいつも働きたくない。毎日、彼と出会った公園に行ってみると、彼はいつもあのベンチで寝てるようだ。家はあるのだろうか。彼は思わず、私を見たが、彼は私を見て見ぬふりをした。彼は好きで散歩してその公園に未明から行ってるわけじゃない。要するに、どうしても出なきゃ行けないはめになって出てきているわけだ。私は知る由もないことなのだけれど。むしろ彼は半端な覚悟ではなかった。眠らず、食べず、で彼は、家から遠くはるばる歩いてきたのだ。奇妙かも知らないが、私が言うんだから間違いない。彼は思わず夜空の星を撮った。しかしそのiPhoneでは何も映らなかった。 

「これじゃあ、ツイッターにアップしてもなぁ」 

 彼は独りごちたあと、私に目を向ける。 

 私は特に、目新しいことは無いので、彼の視線をまともに受ける。彼が何を考えているのかは分からないが、私は彼の観察を日課にしているだけなのだから、悪いことじゃないと思う。思いたい。田辺は森の中に住んでいた。俺とは同級生だ。しまいには、田辺、ってどんなところにいたっけ、って思うんだけど、森に囲まれた山の頂上に田辺は住んでいる。 

 俺が下から「田辺!」って叫んでも届かない山は森のざわめきに消される。 

 仕方なしに俺は、田辺のところにいくことにする。それはもう、ドイツの壁を壊す前ぐらい、巻き戻すぐらいの時間がいる。 

 しかたねえ。行くか。田辺は難しい顔するかなぁ。俺だって行きたかねぇぜ。 

 田辺は宇宙一、ビックバンを起こす前ぐらいの……ってわかる? ビックバン起こす前って言ったけど、比喩じゃないからな。これ。 

 てことで、田辺最高で最悪の女だった。めちゃくちゃ俺のことを好きだったし、めちゃくちゃ、俺のことを恨んでた。 

 糸電話で交わした内容は、ちゃんとこいの一言、山頂から、一筋の糸が、弛むことなく、俺の部屋に届いているのだ。 

 最初は田辺のハスキーボイスか聞きにくかった 

「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならぬ」 

 俺は「OK、OK」ってかえした。 

 道行くひとたちは「あんな森ん中、なにもねーべ。」とか言っていたが、 

 おれは、山頂に特攻した。 

 田辺は、まあ、普通に言ってかわいいんじゃないかな?そうかな?わかんないな?微妙な気きがする。だからさ。 

 俺が行った時、田辺は、普通に米を炊いてた。「卵とこころ」と呟くと、 

 田辺は「えーちょっとひくかも……」と言う。 

 なんでだ?あ、そっか、卵の中身はひよこの生き物なのだ。 

 なるほど。 

 田辺はどこまでも見通しやがるんやつ。俺はもう、ぶちまけたよ、森の上でさ、1番てっぺんでさ、夏の日差しの木陰で、 

「あんたが1番抜いた女優誰ってさはやくっ」 

「三澤ともえだよ、あんたにそっくりだから」 

 あははははは! 

 俺ら世界一幸福な世界だったったぜ見ろよ!これ!! 

 俺が抜いたのは、三澤ともえ!お前に似てるから! 

 あははははは! 

 田辺は「本当の幸福ってこういうこと言うんだね、知らないで死ぬ人いるだろうね」 

「そうだね、あっははは、おもしろくって、もうさぁ、とまんないのよ」 

 夏の日照りは続いた。 

 厳しい猛暑続きます。でも、これもまた終わる。私も、彼も、あのひとも、ぜんぶこの小説の結末が示すとおりよ。  

© 2025 猫が眠る ( 2025年11月30日公開

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