ペンウィー医師が死んだ。その事実は街中を医療メスのように駆け巡った。しかしこの事実は噂のように街という皮膚を切開しない……。つまり、この事実を使って街中の情勢を探ったり、情勢の動きを予測することなんてできない……。
「知らない医者の葬式に参加するなんて久々だ……」というボストンからの声が聞こえる……。おれだってそうだ……。この葬式参列マニアとしての道のりを振り返ってみる……。
「君はペンウィー医師とどのような関係なんだ?」
葬式会場受付女が囁いた。スナック菓子のような風味が知的な脳槽としておれの意識の内側に芽吹いてくる。おれだって知らない……。おれは口で実際に答えるのではなく、何か速筆をするように遠回しに示した。まるで数学者のようにココアをこぼしている……。おれはその会場中心部分に立つ少年の関係者のふりをしてその場をやり過ごす……。
「なぁ、なぁなぁなぁ」おれは少年がこぼしたココアを啜り、少年のズボンにしたたるココアを飲んで彼に聞く。「ペンウィー医師とは誰だ?」
「知らないの?」
「ああ、君の名前も……」
「いや僕はいいから」ココアまみれの男の子が挑発的に自らの胸元を際立たせている……。彼は性的な仕事についたことがあるのだろうか……。おれは二か月前に抱いたショタのことを思い出す……。彼の肢体を彼の年齢の数だけ切り離した、あの連続殺人的なプレイを思い出す……。
「でも、あなただってペンウィー医師を知るべきだと思う」
「君の膀胱の壁の分厚さを知りたい……」おれは差し込むように囁いた。しかし少年はいつも教室の一番後ろでするように読書的な声色で続く……。
「ペンウィー医師は僕を手術したんだ。ロボトミー手術って知ってる?」
「ああ」おれはいくつか前の少年少女のことを思い出す。「彼はいい被検体だって」
「あれ、医学者だったんだ……」
「眠っているけれどね、この手は……」それから、線香の煙を必死に換気しようとする主婦……。その主婦に煙の必要性を説くお坊……。蟹にはならないんだよ。蟹なんて。見境なく冷えてゆく死体のような医師の肉体……。
「僕はペンウィーとやら医師のことなんて知らないし、何か義理を通すようなことも必要ないと思うんだ。だってそうだろう? なぜ死人に対しあれこれ手を尽くさなければならないんだ?」
おれは一度自分が量子力学に詳しいふりをしながら論文を書いてみる……。つまり、量子力学とは海水からやってきた月面生命体たちの子孫なのだ。彼らはいつでも電波的な会話術によって人間以外の生命について論じている。それは我々人類社会が冷蔵庫を開封し、その中からいつでも期限切れの緑の野菜を発見してしまう現象と類似しており、この二か所には瘡蓋のような摩擦が生まれることもよくある。錠剤を壊死させた男たちがこの量子力学について探求しているが、彼らの渇望を満たすものをを海水は持っていないし、研究によって、全ての量子力学は未来ではなく過去ではなく学校新聞の裏側に記される傾向にあることが判明している。また、月面生命体の連中は稀に自らを酒屋だと自称し、ありえない個数の蟻を串刺しして絵画を制作している。国家単位の木造建築の中で四季を過ごし、トンネルの中心を探り当てるとそこから人が知らない国に向かう。
「ラザニアを食べたことがあるかい?」と主婦たちが電波的な言語能力で猫を追尾している……。おれは量子力学についてさらに詳しい知見を持つという資産家に出会う……。「麦茶なら飲んだけれど……」などとソファーに腰を下ろして注意する。主婦たちが夕暮れの形に変化し、それから線香花火のように爆ぜて葬式に戻ってくる……。
女児が蓋を開いてペンウィー医師の死体を視る。するとペンウィー医師はぴくりと動いた。そう、動いたのだ。本来死んだ人間が動くことなどありえない。死んだ医者が動くことなどもっとありえない……。医者は自らの身体の最期の患者としてそれまでのあらゆる主治医や最先端の医療技術より優れた診断を下す……。そうして大抵の場合引きこもる。死期が近づいた医者は何より先に患者として死のうとする。こいつは実は生きているんじゃないか……。おれはそのようにペンウィー医師に疑いの目を向けた。
「まったく鋭い目つきだな」といういつもの甲高い声がする……。そうして棺桶の扉が強引に打ち破かれ、奥から白色のペンウィー医師が登場する。「君たちを解体する……」
「名医の復活だ!」少年が握り拳を造って訊ねる……。
「歴史的瞬間よ!」少女がスカートをひらりとやって叫ぶ……。
「残酷だねぇ」という老婆の声が会場から通り過ぎて着弾している。ペンウィー医師は全てを無視しておれの前に立つ。
「何か?」
「いや、いいんだ。んふんふ」というペンウィー医師の笑い声がする。それはこの室内に通う重力に関係した全ての位置関係や力関係を強引に動かして新しく決定する。「次は君が死体の役割を担うといいさ……」
そうして次の瞬間におれはまるで先ほどのペンウィー医師のように棺桶の中に仰向けで入っていた。おれは周囲を視た。おれの服装はいつの間にか白いものになっていた。白衣ではない白いもの。割れた硝子を逆再生するように扉が閉じ、外側でペンウィー医師が幼稚園教師のように指揮をとる。
「悪人の死だ!」少年が握り拳を拳銃のように棺桶に振り下ろす……。
「革命的処罰よ!」少女がスカートをのこぎりのようにぎらりとやって叫ぶ……。
「生贄だねぇ」という老婆の声が会場からおれの棺桶の中にのみ巡っておれの脳漿に着弾する。どうしておれが死体にならなければいけないのか……。するとペンウィー医師がひょこりと顔を出す。おれは棺桶の内側からその様子を視ている。「だって、私の葬式ではないんだよ。私が指揮をとる葬式なのだよ……」つまり、総指揮ということになる……。そうしてペンウィー医師の白色の手袋に包まれた指先が、棺桶小窓をぱたりと閉じて、おれは足元から火炎が迫ることを汗と共に知る……。
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