黒山羊さんからお手紙ついた。
白山羊さんたら読まずに食べた。
仕方がないのでお手紙書いた。
「さっきの手紙のご用事なぁに?」
「……ハァ?」
手紙を開封した黒山羊はため息混じりに呟いた。それは思わず飛び出た低い声だった。腹の底から漏れ出たざらついた声だった。黒山羊は驚愕していた。自分がそれほど深々しい吐息を出せるのだと驚いていた。また、自然とそんな声が漏れてしまうほどに白山羊の手紙の内容について不快感を得ているらしいと自覚した。
白山羊の手紙は意味不明だった。まったくわけがわからない内容だった。というより何か中身がなかった。最初の一文字から最後の一文の全てが荒唐無稽であり、黒山羊はその句読点の配置にさえ不快感を得た。こんなものをわざわざ手紙に書いて送った白山羊のことが不気味に思えた。それは白山羊の知性の現れだと思った。この程度の内容が手紙に書くに値すると判断した、という白山羊の程度の低過ぎる知性に黒山羊はとにかく苛々した。読み終えた時、黒山羊はまず最初にもう二度と読みたくないなと思った。しかし文章はすでに黒山羊の脳の記憶の部分に混入していた。黒山羊は、今すぐに脳に関する特別な手術を受けたいと切望した。そうして記憶の領域から手紙の記憶だけを綺麗サッパリ抜き取りたいと懇願した。黒山羊は手紙の返事を期待しながら待っていた。そしてようやく返事が届いた時、他の何より優先してこの手紙を読んだ。それでこの内容だった。まったく期待を裏切られたような感覚であり、怒髪天を衝く勢いだった。
「ぶち殺すぞ」
八九式自動小銃を装備した黒山羊は四足歩行で白山羊の家に直行した。
黒山羊は元軍人だった。
黒山羊は白山羊の自宅玄関前に到着すると二足歩行に戻った。背中に廻しておいた自動小銃を持ち、両手で構えた。右利きであるため当然右手で握把を掴むのだが、黒山羊のそれは握り込むというものでなかった。黒山羊は細身の握把に手のひらをそっと添えるようにし、人差し指を引金に置いた。また左手は自動小銃の前方に添えられていた。真っ黒い被筒を握り締め、銃床を肩部分に打ち付けることで身体全体を使うことで自動小銃を構えていた。
それは洗練された軍人的な構え方だった。これなら知性の程度が低い白山羊に送れを取ることなく、確実に制裁を下すことができると黒山羊は確信した。
「黒山羊さんからのお返事、くるかなぁ」
白山羊の声がした。玄関扉のすぐ前、向こう側から鳴る声だった。その声を聞いた途端、黒山羊はさらなる憤怒に包まれた。白山羊の声は腑抜けていた。いかにも平和に慣れた畜生の声であり、あんなふざけた手紙を書いた本人としてふさわしい声だった。あの程度の内容の手紙の返事を待っている様子が黒山羊のことをさらに苛立たせた。きっと白山羊の父親も、白山羊の父親の父親も同じように程度の低い文章で他者を不快にしてきたのだろうと確信した。それはつまり血筋の問題だった。きっと白山羊の血統を辿ると、その最初の山羊から同じことを他者へ繰り返しているのだろうと黒山羊は思った。それは確信だった。そしてそんな愚かな山羊の血統を自分が終わりにするのだ、と強く意気込んだ。
黒山羊は二足歩行の白山羊が玄関扉を開いた後、白山羊が外に一歩出るより先に引金を引いた。
「これがおれの手紙だあぁぁぁっ!」
黒山羊の大声と共に爆発音が炸裂した。それは自動小銃の機関部にて弾ける火薬の音だった。排莢口から空の薬莢が連続で飛び出し、周囲にぱらばらと軽く散らばっていた。黒山羊は肩の位置に強い衝撃を受けていた。それは射撃による反動だった。反動はガツン、ガツンと鋭く重たく黒山羊を刺激した。腰をしっかり構えて自動小銃を握っていても、それでものけ反ってしまうほど強烈な反動だった。しかし黒山羊は白山羊から狙いを外さなかった。外すわけがなかった。あのような極めて有害で悪質な手紙を寄越す白山羊をここで絶対に駆逐するべきだった。その確信は強烈だった。反動などに負けないほど重厚だった。そしてその重厚な意志はそのまま発射される弾丸に込められていた。照門と照星はぴたりと重なり、その先の位置で白山羊が定まっていた。黒山羊は白山羊の肉体をめちゃくちゃに破壊し続けた。
やがて自動小銃の動作が停止した。機関部の中で遊底が後退したままガシャリと停止し、引金を引いても弾丸は発射されなかった。どうやら弾倉の中の全ての弾丸を使用したようだった。黒山羊は自動小銃を下ろした。そこで黒山羊はふと疑問を感じた。自分はどうして白山羊の自宅に居るのだろう、と己をひどく疑った。その疑心は深刻なものだった。黒山羊を内側から精神的にずぶずぶと引き込んで絡み付いてくるものだった。黒山羊はどうして自分は白山羊を自動小銃で撃ち殺したのだろうと強く疑った。薄い白色の硝煙の中、火薬の刺激的なにおいが立ち込める中で黒山羊は考えた。なんだか猛烈な怒りの感情が脳裡に巡っていたような気がしたがわからなかった。どれだけ考えたところで不明だった。脳裡に浮かぶいくつもの疑問に対する答えなどどこにも見出すことができなかった。
黒山羊は玄関を見渡した。ここは確かに白山羊の自宅だった。自宅の主が自宅の玄関に居るなど当たり前のことだった。白山羊は無数の赤黒い銃創を身体のあちこちに受けていた。仰向けに倒れ、玄関の床の色を赤色に必死に塗り替えているようだった。その四肢はだらりと投げ出されており、下顎が崩れていた。長い舌が垂れており、それは適当に投げ入れたが上手く中に入らなかった洗濯籠の靴下のように視えた。
黒山羊は自動小銃を背中に廻して四足歩行に変化した。首を下方向に伸ばして白山羊の腹部を視た。白山羊の死体には無数の銃創があるが、この腹部に付いたものが一番大きかった。肉体はぱっくり亀裂が入って崩れており、中の薄桃色の腸が露出していた。しかしそんなものより目を引くものがあった。それは胃袋だった。皮膚や肉が裂け、内蔵が露出している白山羊の死体だったが胃袋はさらにひどく破損していた。胃袋は空気の抜けた風船のように萎み、中に入っていたものたちが胃液と共に垂れ出ていた。その中に明らかに異質なものがあった。
「手紙だ……」
異質なものとは紙のことだった。普通、胃袋の中といえば消化途中の食べ物などが溜まっている箇所だった。そして消化途中に殺害されたのなら、その食べ物がどろりと垂れ出るものだった。しかし今、白山羊の胃袋からは紙が垂れ出ていた。黒山羊は紙を摘まみ上げた。紙とは便箋のことだった。黒山羊は便箋を広げ、その中の文章を読んだ。
「さっきの手紙のご用事なぁに?」
一枚の便箋の真ん中に走り書きのような雰囲気で一文があった。
「……ハァ?」
ふざけた文章に黒山羊は殺意を意識した。
"やぎさんゆうびん殺戮。"へのコメント 0件