メニュー

ハイヌウェレ型神話擬譚

合評会2025年7月応募作品

浅野文月

合評会2025年7月参加作品
お題は「米」
画像は明治時代の古事記絵物語より「大宜都姫命と須佐之男命」

タグ: #合評会2025年7月 #合評会2025年7月

小説

2,899文字

数えで八十八になるお爺さんは、お婆さんとの生活に嫌気が差して、「もういやだ、こんな生活しているくらいなら死んだほうがましだ!」と思いましたが、「儂が死んだらこの婆さんもやっていけないだろうなぁ」と思うと、お爺さんはお婆さんを先に殺してから自分が逝ったほうがいいんだろうなぁ、と思い、お爺さんはベッドの上で横たわっているお婆さんを尻目に、「あー、どうやって人を殺したらいいんだろうか!」と独り言を口にしながら、筋肉の減少からか、重くなった足を、ズルズルと床を這わせ、戸棚の中に紐が入っていたかな、と勘繰って探すもなく、包丁で刺したら血が出て掃除が大変だろうなぁ、と思ったり、灯油を巻いて火をつけたらお隣の菊池さんに迷惑がかかるだろうなぁ、と考えたり、青酸カリとかそういうのがあったら楽なのになぁ、と思い、薬箱の中に何か婆さんが死ねるくらいの薬があるかもしれないと思い探してみるも、薬箱さえどこにあるかわからない始末で、生活のすべてをお婆さんに頼ってきたお爺さんは、情けないと思う同時に、「たとえ薬箱の中に婆さんが死ねるくらいの毒が入っていたとしても、儂の分まであるのかなぁ、やっぱり毒は苦いのかなぁ、苦しんで口から泡を出したりするのかなぁ……」と考えながら戸棚の上、電話代の下、タンスの中、いろいろなところを探しても薬箱は見つかりませんでした。

 

疲れて果ててしまったお爺さんは、「腹が減ったな」と思い、冷蔵庫に足をズルズル這って行き開けてみましたが、入っているのはキムコだけで、そのキムコもうん十年入りっぱなしで、詰まっているはずの薬剤がなくなっていて、ただ黄ばんでおり、「電子レンジくらいは操作できるだろ」と思い、冷凍庫を開けて見たら、アイスノン・ソフトしか入っておらず、いつから入っているのか、それはソフトではなく、レンガのようにガチガチに固くなっており、仕方がないから米でも炊いて食おうと思い、米櫃を探すも、どこにあるかはお爺さんにはわからず、途方に暮れているなか思いついたのは、タコは腹が減っているときには自分の足を食う、という本当なのか嘘なのかわからない俗説で、さすがに自分の足を食うのは痛くてたまらないだろうから、せめて、茶色にくすんで形も悪く厚くなっている足の爪でも食おうと考えたのですが、そのまま食うのはどうも味気がないと思ったので、なにか調味料でもないかな、と台所の戸をすべて開けても探すも、醤油どころか味噌も塩もなく、ただ一つマジックで「じゅうそう」とひらがなで書いてあるビニール袋があって、「これは婆さんが書いたんだな」と思いつつも、この薬のような粉はいったい食べることができるのだろうか、と疑問に思いましたが、不器用な手つきでようやくビニール袋の結び目をほどいて、右足の親指の爪に唾をつけてザラザラとした粉末をつけたらヌメヌメしてきて、これはいけるかもしれないと右足をあげて自分の口元に持っていこうとしたお爺さんでしたが、へそより上に足があがらず、そのまま後ろに転がってしまい、「チッ」と一声挙げて、爪切りを探しに茶の間に戻りました。

 

ガラガラっと玄関の戸が開き、息子とその嫁とギターケースを肩に掛け、髪の毛が金髪でおっ立っている孫が来て、「父さん、米寿おめでとう」と言いながらズカズカと家に上がってきて、「お母さんはお休みなのね」と嫁が言うので、「そんなことより儂は腹が減ってたまらんのじゃ」と訴えると、息子は「母さんに頼めばいいじゃないか?」と言うので、お爺さんは正直に「もう、この婆さんと一緒に暮らすのは飽きた」と言うも、「なにバカなことを言ってるんだ父さん」と言い、嫁も「こんな便利なお母さんはいらっしゃらないわよ」とお爺さんをなじり、しまいには金髪ロケンローラーの孫まで「まったくこのクソジジイは……」とあきれられる始末で、息子は「もう父さんはボケて忘れたんだ」と言いながら箪笥の中からピンク色の鏡が付いているもの取り出して、「テクマクマヤコン」と唱えると、仰向けに寝ていたお婆さんが、ムクムクと起き上がり、布団を剥いで、顔を下にして四つん這いになった姿で、鼻からナポリタンスパゲッティ、口からトロピカルフルーツジュース、尻の穴からジャワカレーを出して、「さあお食べ」と言い、嫁がそれらを台所からもってきた皿に盛り、「はい、お父さん」と渡してきたので、お爺さんは「こんなゲロやクソみたいなものが食えるか!」と壁に向って投げつけたら、金髪ロケンローラーの孫が「シェキナベイベー! 食べ物を粗末にするな!」と言いながら指にはめたメリケンサックでお爺さんをぶん殴ぐろうとしましたが、とっさにお爺さんが避けたため、シェキナベイベーのメリケンサックはまだ尻の穴からククレカレーを出し続けているお婆さんの後頭部にあたり、お婆さんは死んでしまいました。

 

「「「あーあ!」」」とため息を漏らす三人の前で、なんか申し訳ないことをしたなと駆られるお爺さんの後ろでぶっ倒れて息の根がとまっているお婆さんでしたが、なんと、メリケンサックで割られた頭からはパチンコ屋からいっとき貰うプラスチックケースに封印された地金、おっ開いた両目からは稲がザクザク、両耳から若鮎、陰部からは石油、尻の穴からはUSB-Cケーブルが出てきたので、息子は脳天から出ているものを腕に集めて「換金所に行ってくる!」と言って家を飛び出し、嫁は若鮎をざるに掬いながら器用に稲を刈って、千歯扱きで脱穀し、空の一升瓶に種もみを入れて、「お父さんは棒でシコシコしてください」と言い、金髪ロケンローラーの孫は尻の穴から出ているケーブルにスマホを挿して充電しながらブルーハーツをサブスクで聴き、お爺さんはしかたないからいったん精米を止め、庭にある小さなヨド物置から赤い灯油タンクとポンプを持ってきて、「お前にぶち込むのもウン十年ぶりじゃな」と言いながら、灯油ポンプをお婆さんの陰部に差してギュッギュッと赤いところを片手で握ぎ握ぎして石油をタンクに貯め、同時に逆の手で棒をシコシコしていたら、金髪ロケンローラーがギターを取り出してブルーハーツに合わせてジャカジャカ鳴らし始め、次第に興奮してきたのか、ギターをマッシーのように振り乱し、ギターのネックがお爺さんと母である嫁の頭にあたり、二人ともぶっ倒れてあの世に行ってしまいました。

 

新聞の折り込みチラシを見ているお婆さんは「あらっ!」と驚声を上げ、「あなた! 駅前のスーパーで備蓄米売るんだってよ」と言い、ベッドに座りながらパンツを下げて萎えた棒をシコシコ、びろーんと伸びた玉を握ぎ握ぎしているお爺さんに向って言うと、箪笥の中から二千円を取ってきて、「いつまでもいじってないで早く買いに行ってちょうだい」と言われたので、しかたなくパンツを上げ、ゴム紐がついている柔らかな素材でできたズボンを履いて玄関を出て、渡された二千円を握りしめて何度もぶつけて形が変わっている籠がついた自転車にまたがり、フラフラしながら駅前に向ってペダルを漕ぎつづけました。

© 2025 浅野文月 ( 2025年7月23日公開

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

みんなの評価

3.7点(9件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  1
  4
  4
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

この作者の他の作品

この作者の人気作

「ハイヌウェレ型神話擬譚」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"ハイヌウェレ型神話擬譚"へのコメント 18

  • 投稿者 | 2025-07-23 18:33

    日本神話のパロディだったとは👀 元になったオオゲツヒメの話とか、神の死体から穀物が生まれた話をハイヌウェレ型神話った言うんですね。勉強になります

    • 投稿者 | 2025-07-23 18:49

      お読みいただきありがとうございます!
      なんか、死体から穀物が発生して民族の主食となるパターンの神話が極東から東南アジア、オセアニアかけてあるらしいです。
      ハイヌウェレはインドネシアとありましたが、Wikipediaの知識ですみません。

      著者
  • 投稿者 | 2025-07-24 01:49

    妙に冷静な嫁がいい味を出していますね。
    いい意味で浅野さんの無駄遣い……言い過ぎました、すみません。
    しっかり下調べされているところもおもしろいです。

    • 投稿者 | 2025-07-24 03:01

      お読みいただきありがとうございました。
      最近は地方新聞に怒られないような題材ばっかり書いてきたので、連想ゲームのように一気に書かせていただきました。
      古事記、日本書記については落選した山東昭子や参政党に負けないくらい読みまくっていますので!
      〈下調べって〉古事記じゃないか?

      著者
      • 投稿者 | 2025-07-24 03:16

        日本書紀の間違い…

        著者
  • 投稿者 | 2025-07-24 20:18

    ドタバタコメディーとして素直に受け取りました。ばしゃばしゃと滑稽な毒を浴びせかけられる心地がしてとても楽しめました。

    • 投稿者 | 2025-07-26 17:31

      お読みいただきありがとうございます。
      短い話に多く人を出してワシャワシャするのが好きみたいで、こうなってしまいました(笑)

      著者
  • 投稿者 | 2025-07-26 14:07

    大宜津比売だなあと思ったら大宜津比売でした。孫が大宜津比売を殺したなら孫が須佐之男なのでしょう。前回の紙の破滅派掲載作品を書くにあたって古事記を読んでいたので、おおって思いました。物語の夫や子を知るには現存する風土記以外も読まないといけませんね。

    • 投稿者 | 2025-07-26 17:37

      お読みいただきありがとうございます。
      私も日本神話が好きなので、お題の「米」から即座に穴から穀物が生えるオオゲツヒメを思い浮かべた次第でした。
      風土記は出雲国以外詳しく読んだことがないのですが、記紀神話と風土記ではスサノオの性格や成すことがまったく違うので、研究して考察したら面白いだろうなと思っています。

      著者
  • 投稿者 | 2025-07-26 18:31

    とても3000字未満とは思えないスケールの大きさを感じました。
    お恥ずかしい話、日本神話には疎いのですが穴から穀物が生えてくるところには日本神話みを感じました。日本神話み。新しいですね。古いのに新しい。頓知気展開の中に脈々と受け継がれてきた(「受け継が」の中に「ケツ」があるなと思いました)神話の奥深さを感じます。

    • 投稿者 | 2025-07-27 02:43

      お読みいただきありがとうございました。
      書いた後に調べたら、極東からポリネシアにかけて同種の神話が多数あるみたいで、「ハイヌウェレ型神話」と言うみたいです。
      >受け継がれてきた(「受け継が」の中に「ケツ」があるなと思いました)
      気がつかなかった(笑) 偶然だと思いますが、読者さまに指摘されて気づくことが多いので、書くって面白いですね!

      著者
  • 投稿者 | 2025-07-26 21:19

    すごく楽しませていただきました。
    シュール系のコメディかと思って読みましたら、神話のパロディでしたか。
    前半のお爺さんのヘタれっぷりも良かったのですが、お婆さんが死んだ後の家族の働き者っぷりに笑いつつも、自然の恵みを余さずいただいて生き抜いてきた我々のご先祖様の姿を見た思いがしました。つくづく神話の懐の深さ、原始の生命力を見せつけられました。

    大気都比売にしてもハイヌウェレ(初めて知りました)にしても、死んだ女の身体が大地の豊穣となるのですね。味わい深いです。

    • 投稿者 | 2025-07-27 02:54

      お読みいただきありがとうございました。
      浅学非才なのですが、たまにボーっと各地域の神話を見ていると、女性から主食や人が生きる上で大切なものが生まれる構造があるみたいで、興味深いです。
      大地もドイツ語ですと女性格になるみたいで、ゲーテも『ファウスト』にて「永遠にして女性的なるもの、われらを牽きて昇らしむ」と書いています。

      著者
  • 投稿者 | 2025-07-27 12:59

    古事記は大分前に一度通読しただけなのでもう全然覚えておらず、他のコメントを読むまで関連性に気付きませんでした。
    ハイヌウェレ型神話という呼び方も初めて知りました。世の中、知らないことはまだまだありますね。
    話のテンポが良くて楽しませてもらいました。欲を言えば規定文字数いっぱいまで楽しみたかったです。

    • 投稿者 | 2025-07-31 00:07

      お読みいただきありがとうございます。
      今回のお題である「米」を見て、ゲロとクソから食物を出し、怒ったスサノヲがぶっ殺した死体から穀物がなる日本神話を題材にすることはすぐ使用しようとは思いつきました。
      それが〈ハイヌウェレ型神話〉というのは書いたあとに知ったことですが、いささかコンパクトに収めた感はありますので、次の課題にしたいと思います!

      著者
  • 投稿者 | 2025-07-27 23:54

    神話の時代の死生観はなんというかおおらかで、その後仏教の流れをくんだしめっぽいものとすごく異なりますよね。われわれの根源にはこんなおおらかさがある…はずだけど普段忘れているような…(最初から持ち合わせていないような)
    神話の時代とその後の時代との境目はいったいどこだろうかーとかそんなことを考えました。

  • 投稿者 | 2025-07-31 00:16

    お読みいただきありがとうございます。
    国文学(とりわけ上代文学)をかじった方なら記紀神話と日本霊異記ではコペルニクス的転回が行われていることがわかり、こい瀬さんの言う通りだと思います。
    境目は歴史的に解釈すると平城京ができて六宗が整い権威側に仏教的思想が浸透した結果だろうとは思いますが、まあ、小説ですので二項対立させずに本能的なものを優先させちゃいました。

    著者
  • 投稿者 | 2025-07-31 13:31

    知らず知らずのうちにNHKの家族観に染められていることを反省させられる内容でした。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る