真相としてはこうだ。
1 栄治の生存
栄治はもともと恵まれすぎて生きていくのがつらいと言っていたくらいで、さらに鬱で親族とも疎遠になった。「森川栄治」を葬って他人として生きていくことを計画した。
浜田Drを抱き込んで虚偽の死亡診断書を書かせるのが可能であるならば、そもそも死んだこと自体ごまかすのもアリだろう。難点は、葬儀は普通に実施したらしいので、そっくりさんな遺体を用意するのが困難な点だろうか。ただ、きちんと描写されていない以上、遺体の顔を皆でみたという事実はないことにもできる。
また、マッスルマスターゼットの副作用で死んだとされているが、実際に解剖して確かめたわけではない。単に注射こんがあっただけだし、それも朝陽の提供した写真だけだ。左もも内側付け根あたりの部位なら他人の写真でも言い張ればいけるのではないか? なにせ遺体はもう火葬してるだろうから確かめようがない。
愛犬のバッカスが軽井沢の別荘を離れようとしないのも、栄治がそこで生きているとわかっているからだ。
2 村山弁護士の加担
弁護士の村山はかなりあやしい。まず金庫の盗難事件であるが、金庫が引きずられたような跡が二階の玄関から階段にかけてある。割られた窓からではなく、そこから出されたわけであるが、これはおかしい。主人公が検証しているさなかに津々井がやってきてうやむやになってしまっているが、階段へのシャッターは鍵がかかっていた(村山が直前に鍵を開けている)のであるから、そこからは出せないのである。金庫を出したのは村山であり、自作自演だったということである。つい、いつものくせで施錠してしまったのだろう。
また、村山については死の際の言動もおかしい。内容に関しては主人公が推測しているように、事務所をもらってくれとか、村山や若くして死んだ女性弁護士のぶんまで長生きしてくださいとほんとに言ってるかあやしいのだが(とくに「あのこ」というのは違う人物を指しているのでは? また「べんごし」も「弁護士」ではなく「弁護して」の途中では?)、それは置いておいても、これは死ぬことを意識したセリフである。タバコに毒がぬられていたことを知らなければ、単にタバコの煙がおかしいとか言うはずである。いきなり死ぬとは思わないだろう。村山はタバコに致死性の毒が塗られていたことを知っていたということなる。ということは覚悟の上の自殺か、あるいは毒をぬるような犯人に心当たりがあったということだろう。
事務所のカレンダーが二ヶ月前のままになっているのも変だ。機械には弱いようなので手帳とカレンダーでスケジュール管理をしてるだろうにカレンダーがめくられていないのは最近業務をろくにしていないのではないか?
さらに遺言の形式もおかしい。第1遺言と第2遺言を分ける必要があったのかあやしい。元カノリストを別にしているのもおかしい。こっちについては無効なのでは? そうでなくても入れ替え可能である。じっさい、元カノリストに挙がっている名前の中に「堂上真佐美」がある。獣医の堂上の4年前に亡くなった妻の名である。亡くなったことをしらない誰かがリストを入れ替えたのではないだろうか。
充分に協議していたと思われるのに形式がザルである。村山弁護士はあやしい。
事務所経営に行き詰まった村山弁護士がなげやりになって栄治の計画に加担した。だからいい加減な遺言書でもOKとしたわけである。
3 計画の実行と偽のてがかり
こうして、栄治と村山弁護士の主導の下、拓未に乗り換えたものの栄治に未練のある雪乃、面倒見のよい?朝陽の四人で栄治の死亡を偽装することにする。
雪乃はいずれ第三者に連れ去られたふりをして失踪する予定であり、その布石として無言電話などのいやがらせを偽装している。
弱みのある浜田Drは死亡診断書のみの協力者にすぎない。
さらに銀次が経済面での協力者だ。かれは森川家に対する復讐と自身の経済的利益のために協力している。
合同会社「AG」というも、主人公は「栄治」のもじりだと考えているが、銀の元素記号はAgである。銀次が持分の大半を有する会社だろう。代表者社員や業務執行社員は栄治であるが、そうではない社員(登記簿上は出てこない)も存在できるのが合同会社というものである。銀次がそうした社員ととなっている可能性があるとみた。ユーチューバーとして生計を立てているらしいが、そうだとしてもそれまではどうしてたかという疑問があり、森川家を追い出されても相応の資産は有しているはずである。
マスターゼットの使用の副作用により死亡したというスキャンダルで森川製薬の株価を下げる。短期的にはかなりのダメージだが、もともとそういった事実はないわけであるからいずれ回復するだろう。一時的に下がった時点で株を買い増しておくという計画である。
当日、真梨子が来てマスターゼットの使用を隠蔽しようとしたために話がややこしくなった。雪乃はいったんは隠蔽に協力しつつ、朝陽が注射こんに気がついて騒ぐことにする。最終的には警察や世間にも知られることにより、軌道修正完了である。なお、発見時に栄治が死んでいるといったのは雪乃で、真梨子は死体を確かめていないのである。
遺言にあった自分を殺した犯人に遺産を渡すというのは、注目を集めてマスターゼットの使用による死亡を隠蔽されないようにしたり、大々的に取り上げられるようにする準備なのであろう。
その一環として、遺言の盗難事件や村山弁護士の他殺とみせかけた自殺もあったわけである。
4 探偵登場
最後にこうした真相を見抜くのは、冒頭に出てきた信夫(製造業勤務、リサーチャー)なのである。
この冒頭の記述は主人公のキャラ立てにしては描写が陳腐である。事件とはまったく関係ないようで、こいつがキーとなるはずだ。重要人物なら最初からちゃんと登場してましたよってやつだ。わすれたころである第5章にもメールや手紙という形で出てくる。
名字が明らかになっていないのも元カノの一人の親族であり、それきっかけに今回の事件に関心をもったのである。
森川製薬の株の乱高下の相場で儲けた上で、真相の喝破も主人公に先駆けて行う。見下していた男にいろんな面で先を越されてしまうというオチなのである。
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