人から見たら理解できないかもしれない。お前嘘ついてるだろと言われるかもしれない。しかし俺は自分のことをかっこよくなれる人間だと、それも相当かっこよくなれる人間だと思っていた。顔がかっこいいんだと思っていた。そうして鏡の前で格闘を続けると確かにモテることが、女が興味を持ってくれることがしばしばあった。しかし俺は道を踏み外してしまったのかもしれない。踏み外したのではない、味わうべきでなかった果実を与えられてしまった。自分と現実に絶望し、天を呪って望んだことを、天は叶えてくれた。そんなにチヤホヤされたいのなら、そんなにもてたいのなら、そんなにチヤホヤされたいのなら、質素のことかっこよくしてあげようじゃないか。チヤホヤされた、誰もが俺を尊重した。しかしそれは禁断の果実だった。顔でしか人にかまってもらえなくなった。見た目しか女に受け入れてもらうために頼るものがなかった。まだ女を抱いたことがなかった。恋にも敗れてしまった。集落には入ったのだ。地図を頭に理想を胸に、希望を持って集落に入ったのだった。一人でそこにたどり着いた。しばらくそこにとどまるつもりだった。そういう描き方をしていた。人々とは細い鎖で結びついた。それぞれの人がそれぞれ細い鎖を握っていた。中には多少太い鎖でつながっている人同士もいた。俺は彼らとは太い鎖を結べそうになかった。常にどこかで壁を感じた。俺にも壁があった。しかし相手にも壁があった。それぞれがそれぞれの壁を持っていた。毎週漠然と部室に集まってきていた。それも細い鎖を手繰り寄せるように。細い鎖でもこれは鎖だと確認するためだけに。そして引っ張られるとも引っ張られないともつかない物足りなさを、それぞれがじっと耐えていた。誰も自分からは鎖を引っ張らなかった。太い鎖を期待していた。そこには細い鎖しかなかった。誰も太い鎖を投げかけようとする人はなかった。女子とはますます繋がらなかった。いたとしてもただ漠然とそこにいただけだった。男同士、同じ大学同士、細い鎖を繋ぎ合っていた。女同士、同じ女子大同士、同じく細い鎖を繋ぎ合っていた。男たちは女を見ていた。女も男と見ていた。しかし鎖は結び合わなかった。男はかたまり、女もかたまり、そこにはいつも距離ができていた。俺も悶々としていた。物足りなさを感じていた。こんなはずじゃなかった。太い鎖を求めるゆえ、女との鎖を求めるゆえ、今の細い鎖が、しかも男としか結ばれていないこの鎖が疎ましかった。そして俺は恋をした。なんども鎖を投げかけた。手元は震えたが必死だった。彼女は気まぐれに鎖をつかんだ。大樹の気まぐれだった。ほとんど毎日部室に通った。Facebookから連絡をとってみた。ラインを聞き出した。今思うと素直だった、懸命だった。ほとんど毎日連絡を取った。1時間おきに連絡が帰ってきた。必ず1時間おきだった。その長さに胸が焦らされた。彼女のことしか頭になかった。やがてその規則正しさに不安を感じた。それでも規則はきっと守られた。きっと俺を哀れんでいた。慈愛が規則を守らせた。しかし規律は作られた。興味がないから規則的なのだ。規則通りの連絡は、時には大樹が気まぐれでその規則を乱した。規則は乱された。しかし返信は帰ってきた。連絡の頻度が増す時があった。文面の絵文字が胸を躍らせた。大樹は気まぐれで絵文字をくれたのだ。俺はまた飛び跳ね始めた。毎日鏡の前に立った。毎日部室棟のトイレで格闘した。それでしか彼女を振り向かせることができなかった。確かに彼女は俺を受け入れ魅力を感じていた。気まぐれでもすがるしかなかった。十二月になった。1年生で吉祥寺のレストランで打ち上げをした。同じテーブルに彼女が座った。手元で鎖を握りしめた。投げかけるタイミングを常に見計らった。その日は大樹は眠っていた。果実はどこにも実らなかった。果実がないと知るや俺は飛ぶのをやめた。何としても鎖をかけなければならなかった。気まぐれな果実は諦めた。今日一日が大切だった。果実なしで、俺には何ができるだろうか。ただの性格が変わった変人でしかないのではないか。いつもはこの性格を隠した。このキャラからにじみ出る雰囲気を隠した。そして果実にすがるしかなかった。この日は果実を諦めた。受け入れられるはずがなかった。どこにも魅力がなかった。ただただ黙るしかなかった。テーブルはほとんど盛り上がらなかった。ほとんど何も会話はなかった。ただただ鎖を握りしめた。これでもかと太い鎖を握りしめた。会の時間が半分ほと経った。何もできない自分にたまりかねた。黙りこくるほど、彼女の前で何もできないほど、彼女はきっと俺を除外するだろう。男として関心を持たなくなるだろう。ほとんど俺の目を見なくなった。いくらこちらから顔を向けても、隣の女友達の方ばかり向いていた。たまらなかった、俺は自制ができなくなった。とうとう鎖を投げかけた。太い鎖を投げかけた。つかんでほしいと強く願った。その時の俺には何もなかった。彼女の気をひくことのできる何物もなかった。俺はこれを知っている、この学部に行こうとしている、これだけ頭がいい、こんなサークルに新しく入った、俺はこういう興味がある。鎖は一人空回りした。虚しい宙をなんども切った。なんども何度も鎖を投げた。彼女は気の抜けた返事しかしなかった。間の抜けた声ですごいといった。それでも鎖を投げられずにいられなかった。隣の女と話し始める、俺はそれでも鎖を投げる。向けられる視線には何もこもっていなかった。気の抜けた視線がいやでも空回りを悟らせる。黙るしかなかった。手元の鎖を眺めるだけだった。今日一日の失敗を眺めた。彼女のもう隣に座っていた別の男が、俺が格下だとみなしていたその男が、彼女たちの話に突然のった。彼はその話題について詳しかった、興味があるらしかった。何の話だったかは今では忘れた。彼女の知らない深い知識を話していた。彼女の目には意思が宿った、興味が光った。みずみずしさを取り戻した。明らかに受け入れていた、魅力を感じていた。大樹の気まぐれが与えてくれたのと同じ目を、別の男に向けていた。目の前で見せつけられた。もうお前には興味がないと言われていると感じた、錯覚した。
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