(31)
「キスなんか大したことないんだから、ファーストキスとか氣にするもんぢやないつて。もー、私が奪つてやるよ!」と言つて彼女はレモンサワーの罐を片手に、私に唇を重ねた。「フツウでしょ?」彼女の目は少し赤い。私のファーストキスの味はレモンの味だつた。
(32)
お腹が減つて歸れないといふ妖精に、僕は肉團子を出してやつた。本人がどうしてもそれを食べたいと言ふのだ。妖精は肉團子に覆ひ被り忽ちのうちに食べ盡くす。「まだ足りない。ミートオムレツ食べないと歸れない」妖精がケチャップまみれの顏を見せた。
(33)
やめろつて言つたのに核爆彈のスイッチが押されたんだよ。司令室から飛び出した僕はまず彼女に電話する。直に此の世界は終はる。それならばフラれてスッキリしておきたい。「好きです」彼女の聲を聞いた僕は反射で叫んだ。「嬉しい…私もずつと好きだつた」ヤベエ。死にたくないよ。
(34)
每朝6時になると儀式が始まる。猫の儀式だ。木の扉を猫の手が擦つてゐる。その速度は早くなる。猫の儀式に休みは無い。折角の日曜なのに目が覺めて仕舞つたぢやないか。猫よ、お前は何を祈つてるんだ。
(35)
私も若い頃は大戀愛の一つや二つ、と言つて祖母はお茶を啜つた。「激しく燃えるやうな愛でねぇ、お陰で南極大陸も溶けてきちやつてさ。それが問題になつて、あの人とは政府に引き離されたんだけど、募る想ひのせゐか南極は更に溶けていつたよ。ペンギンには可愛さうなことをしたよ」
(36)
離れて暮らすと募る想ひが二人の愛を燃え上がらせる一方だつたので、一緖に暮らすやう行政指導が入つた。これでもう南極の氷も溶けなくなるだらう。永遠の愛を誓った二ヵ月後、私は彼が餃子にケチャップをかけてゐることを知つた。ありえない。無理だ。私はアパートを飛び出した。
(37)
南極のさ、ペンギンを全部引き取るくらゐの覺悟はあつたんだよ。でもね、「白熊とアザラシはどうすんのーっ!」つて言はれてさ、我に返つたね。そこまでいつたらキャパ超えるっつーか。まあ、南極が溶けるほど戀もしたいけど、世界中を愛して共存共榮ピースフルつてやつよ。
(38)
忘れてゐた同級生の名前を思ひ出した筈なのに、朝起きたら無くなつてゐた。きつとあいつに取られたんだ。何時もも出て來る夢でしか會へないあいつに。
(39)
「人を愛する前にやることがある!それは部屋の掃除だ!」といふ彼の言葉で私の戀は終はつた。
(40)
靑山線は戀の沿線。何だつたんだらう、あの日々は。隣り合つてた肩を思ひ出したら淚がでた。此れでもう思ひ出すことも無くなれば良い。もうあんな風に戀はしない。霜月始めの色合ひは僕をセンチメンタルにさせる。
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