伊藤エイミ

小説

1,235文字

「パチンコとシーシャ?もう、お前が死ねば良かったのに。」

【1】
3年前、妊娠した。
それに向けて行為したというより、入籍をきっかけに避妊をしなくなったという方が正しい。

理想の人生を擦り合わせた時、いたらいたで楽しいと思う。いなきゃいないで楽しいと思う。自然に任せようでまとまった。まとまったというか、最初から一致してた設計を、入籍前に再確認した。私達はとにかく2人が楽しかった。犬を飼っても良かった。あっという間に陽性が出た。

思っていたよりずっと嬉しい気持ちになったのを覚えている。パートナーもそう言って涙目になっていた。
その後はネットで良く見るコースを辿った。
例えば15%は流産する。例えばほぼ染色体の問題である。例えば2回目はほぼ上手くいく。医者もそう言ったし、優しい記事は心に染みた。何もかも真に受けた。ほぼじゃない方に当てはまる可能性なんて、全く想像できなかった。

私は自然排出の後一度生理を待ってすぐに行動を開始した。毎朝ほんのり死にたいと思う気持ちを乗り越えるには、また妊娠するしかないと思った。
パートナーの喜ぶ顔がもう一度見たかった。

手始めに排卵予測のアプリを始めた。
生理から排卵まで時間がかかる体質に気付かず、何周期も無駄にした。常に待ち構えた状態にしておけば間違いないと思い、無理に迫るようになった。元々抱き合うのは好きだったのに、どんどん苦痛になっていった。パートナーはもっとつらかったと思うけど、妊娠する為に頑張ってとは言えなかった。
またすぐ出来るだろうと思っていたし、パートナーの設計を変える事はしたくなかった。あくまで自然に授かったと思わせてあげたかった。

ネットで聞きかじった情報と的外れなアプリ(的外れは私の身体だが)を元に今夜だなと1人で張り切っても相手の熱量まで増やせないし、頑張ってもらったところで結局生理はくるから、月の半分以上はイライラしていたと思う。些細な喧嘩も増えた。大好きな人のはずなのに、喜ばせたいのか傷付けたいのかよくわからなくなった。

そんな生活を続けていたら、ついに生理が来なくなった。もちろん妊娠ではない。
【2】
私達の別方向の我慢は2年で限界を迎えた。きっかけはパートナーの一言だった。ある夜、何度目かの訴えの途中で、ついに男が切れたのだ。医者へ行けと。

それを聞いて私は顔の吹き出物から柔らかい膿が流れ出るような気持ちになった。痕にならぬよう大切に育ててきた膿。針を刺したなら、ぎゅっと押して芯まで出し切って、血が出るまで押し続けてと泣き喚いた。

その時のパートナーの顔は思い出せないが大声で泣くのは気持ち良かった。
話せるようになってから、もう一度妊娠したかったのだと告白した。
しばらくして私が落ち着いた頃にパートナーは言った。一緒に病院に行ってみようかと。
ああ、ついに言わせてしまったと思った。どこで間違えたか分からないが最初の妊娠が全ての始まりだった。
十月十日どころではない人ひとりの人生を変えてしまったのだ。あれが私達にとって良かったのか悪かったのか、それは今でもわからない。

2023年10月8日公開

© 2023 伊藤エイミ

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