自分を山頂から突き落とす女の子を崇拝していた話

依存神経

エセー

3,873文字

幼少期の少し危険な遊びの紹介と淡い思い出のお話です。

小学校4年生の時、AちゃんとBちゃんという女の子と仲良くなった。

 

うちの学校は3年生と5年生でクラス替えがある。

 

私は3年生の時は、別の女の子たち2人と仲良し3人グループを築いていた。ただ、自分以外の2人が吹奏楽部に入団していたために、私の知らぬところで親密度に差が生じて、結果的に私が浮いてしまうことになった。女の子のグループでの奇数は難しい。

 

そんなわけで、4年生になった4月、新年度のゴタゴタに乗じて別の子と話してみようと思い、先の2人と仲良くなった。彼女たちは新参者の私を迎え入れてくれ、なんだかんだで卒業まで仲良くしてくれた。

 

Bちゃんは、大人しくて声が小さい内気な女の子であった。小柄で色白で少しぽっちゃりしている。とにかく、小動物のようで可愛らしい。お人形遊びと流行りのアイドルが好きだった。困ってしまうと泣いてしまうこともあるが、誰にだって優しく接する子であった。

 

Aちゃんは、比較的身長の高い女の子。髪の毛が真っ黒で癖毛でカールしている。まつ毛が長く、黒目がちで綺麗。私は地毛が焦げ茶色なので、特に黒々とした髪の毛を羨ましく思っていた。そして、控えめに顎を引きながら静かに笑う姿が印象的であった。容姿も仕草も自分にはない女の子らしさのようで尊敬していた。

 

2人とも、クラスの端でお喋りをするのが好きで、控えめな女の子。そんな印象であった。実際、3年生の時から学級崩壊寸前のクラスであったが、ヤンチャな男の子たちでも彼女たちに向けてイタズラをしているところは見たことがない。

 

しかし、Aちゃんの本質は違っていた。

 

究極の内弁慶であった。Aちゃんは、長年仲の良いBちゃんには親切な態度で一貫しているし、私にも仲良くしてくれる。

 

しかし、機嫌が悪い日は、時折傲慢な一面を見せることがあった。

 

例えば、覚えているものだと…

  • 遊びの中で「それは不正だ」と突然文句を言い始めた末に無視をし始める
  • 調べ学習で使う資料を私が用意したのに、一番詳しい資料を真っ先に「私はこれがいいの」と持っていく
  • 心当たりがないのだが、突然「もう知らない」と無視をする
  • 「虫を嫌っちゃダメだよ。人間は虫がいないと生きられないんだよ」と、外で発生した蜂から逃げる私に怒る

 

こんな感じであった。無視程度なので実害はそこまでないが、機嫌を損ねられると面倒ではある。

 

虫を嫌っちゃいけない倫理観についてはもうよくわからないが、Aちゃんのこだわりだったのだろう。

当初は「怒らせちゃった。どうしよう」と動揺したが、次第に私の方も「今日はAちゃん機嫌悪いんだな」と慣れるようになり、ほとぼりが冷めるのを待つようになった。

 

ある日、私の方が珍しく言い返して口論のようになったこともあった。すると、「ごめんね」と書いた手紙を机に入れてくれていた。そんな、可愛らしい思い出もある。許してしまう。

私たちは、懲りもせずに喧嘩未満の喧嘩を繰り返していた。だんだん、それが心地よくなっていた。ハマっていった。

 

ある日の休み時間、Aちゃんに外遊びに誘われた。出不精の私は「今日は絵を描いていたいから、みんなで行っておいでよ」と断ると、Aちゃんは気に入らないようであった。

「室内にずっといたらおかしくなっちゃうよ!」と怒られてしまった。これは、正論である。大人しく、言うことを聞こう。

 

そんなわけで、AちゃんとBちゃんとあと数人の女子で外遊びに興じる時期があった。

Aちゃんは、探検ごっこと称して何もないグラウンドを探索するのが好きなようであった。この時期の北海道は上着が必要であった。寒いから怠かったが、Aちゃんが楽しそうなら仕方がない。

 

そして、Aちゃんは別の遊びを思いつく。

それが、グラウンドの築山からその場のメンバーを突き落とすという遊びだ。

 

危険極まりない。うるさい男子達でもやらない遊びを思いつかないでほしい。

 

この遊びでは、主にAちゃんが築山からその場にいるメンバーの背中を押す。

 

すると、押された児童は爆速で山を駆け下り、グラウンドに到着することとなる。途中で足がもつれると大怪我をしそうで、怖い。

 

他の人が押すこともあるのだが、容赦のないAちゃんが圧倒的に強かった。小心者な私は他の子に怪我をさせることが怖くて、逃げるので精一杯であった。

 

自分はこの遊びで生き残るために、なるべくAちゃんに背中を見せないようにした。うっかり背後を取られた時は、諦めて自分の足元のみに意識を集中することとした。

 

油断すると「死」に至りそうなのである。「死」から逃げるように必死に山を駆け下りて、涙目で山頂を仰ぎ見ると、Aちゃんがケタケタ笑っている。虫を嫌うと怒る人が、人を突き落としている。

 

この遊びは、3回ほど行われたのだが、ある日を境に中止となった。

 

雨上がりで山の調子が最悪な日であった。生茂る雑草はツルツル滑るし、築山の下には大きな水溜りができていた。無事に駆け下りても、靴が汚れる。

 

この日は、BちゃんがAちゃんに背中を押された。小柄で少しぽっちゃりしたBちゃんは、運動能力が他の子に劣る。

 

Bちゃんは、足がもつれ、ドボンと水溜りに腹打ちをする形で飛び込んでしまった。私は怖くて動けなかったし、他の子もポカンと顔を見合わせるばかりであった。

 

私がぼんやりしていると、Aちゃんだけは真っ先にBちゃんに駆け寄っていた。Bちゃんの身体を起こし、泣きじゃくるのをなだめながら保健室に連れて行った。行動の俊敏さに感心した。とはいえ、突き落としたのはAちゃんなのだが。

 

山頂に取り残されたうちの1人が「Bちゃん、お尻見えてる……」と呟く。

 

大泣きしているBちゃんは頭からつま先まで泥水にまみれ、その重みでジャージのズボンが半分ずり下がっていた。尻が見えるくらいで、怪我がなくて本当に良かった。

 

それ以降、山から突き落とす遊びは中止になった。それに、Aちゃんも心なしか大人しくなった。

 

だが、それ以降も変わらずに、教師やクラスメイトには見せない気の強い面や毒舌を見せてくれることがあった。私はクラスが変わってもずっとAちゃんのことを慕っていた。私にとってのボスなのだ。

 

そして、私とAちゃんは同じ中学校に進学することが決まっていたので、まだまだAちゃんといられることも実は嬉しかった。

 

中学校に進学した初めての登校日、Aちゃんと学校の玄関でバッタリ出会ったことを覚えている。

 

クラスが違うことが非常に残念であった。

 

そして、中1になってまもなくのゴールデンウィーク明け。Aちゃんは不登校になってしまった。

 

後々、一時的に連絡を取って判明したのだが、「4月末に体調不良で休んでいたら、5月の長期休暇になり、クラスが荒れているのが怖くて通えなくなった」とのことだった。

 

体調不良が悪いのか、時期が悪いのか、クラスが悪いのか、どれが原因なのかは見当もつかない。山から人を突き落としていた人がこんなに弱いなんて。

 

最後にAちゃんを見たのは、数ヶ月後の1学期の終業式だった。

 

Aちゃんが登校してきているという情報を仕入れた私は、全校集会の為にクラスごとに廊下を移動する列を狙って、Aちゃんに強引に声をかけた。模範的な生徒だった私だが、クラスの列を抜け出すのは構わないと判断した。教師にバレてあとから怒られても構わない。

 

Aちゃんは長かった髪の毛をバッサリとベリーショートにしていた。初めて見る姿だ。癖毛がショートだと目立ってクルクルはねていてボーイッシュだ。他の誰ともかぶらない髪型で、見惚れてしまった。

 

思わず、「髪の毛可愛いよ!」と熱心なファンかよって感じのメッセージを廊下で大声で伝えてしまった。隊列の進行に流されて他には何も伝えられなかったが、控えめに笑ってくれた。満足した。

 

思えば、小学校の時、学校一荒れているクラスで私たちは1年間親密に過ごしてきたはずであった。

 

もしかすると、彼女はストレスが溜まると攻撃的になってしまうタイプであったのかもしれない。

 

大人になって振り返るに「それなら私はちょうど良い役割だったのでは……」ともタラレバの話だが仮説として考えてしまう。

 

なぜならば、私も私で好きな人からワガママに振る舞われると、表面上は怠そうに振る舞っても内心では自分が役に立てているように感じるのだ。言葉に出さずとも喜んでしまう。

 

もしかすると、もしかすると、かなり相性が良く、WIN-WINの関係であったのかもしれない。そうであると、困惑しながら山から突き落とされた私も報われる。そうであってほしい。

 

少なくとも、当時の私は自分を突き落とすAちゃんを心から尊敬していた。憎んでなんかいなかった。

 

私は、強かで暴力的なAちゃんを崇拝のレベルで慕っていたのだ。私だけのボスのAちゃんを弱くさせた中学校が憎い。そんなことあってはいけない。間違いなのだ。

 

幼少期の良き思い出として美化しておきたかったのに。

 

2021年6月16日公開

© 2021 依存神経

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