俺は手軽に女から受け入れられる手段を不幸にも手に入れられてしまった。自分の美醜に執着するようになってしまった。しまいには、ハナから根本的な解決などできないと決めてかかり、己の性格の生かし方に目をつぶり、扱うのが難しいと知るや、その性格をないことにし、全くの気まぐれで実るあの果実を、なんども何度も掴み取ろうとしていた。生かし方次第では、誰にもない強みになるかもしれないのに。自分の内より外ばかり見て、俺が何もしていないのはあそこに実るあの果実が甘いからだと文句を言っていた。いや、もっと状態は悪かろう。俺はただただ枝に向かってジャンプをしていた。いつ実るかもわからないあの果実を取るために。運が良ければ手に握れた。悪ければ手には虚しい感触しか残らなかった。しかし飛び跳ね続けていた。どうして飛び続けているのか自分でもよくわからなかった。ただただジャンプをし続けた。鏡を人だかりを往復し続けた。安心と不安を繰り返した。仮に安心を掴み得ても、光のように感触はなかった。ただただ体が消耗していくだけだった。しかし飛び跳ねることをやめるわけにはいかなかった。ほとんど無意識に飛び続けていた。自分が人に受け入れられるかを確かめ続けずにいられなかった。それほど人に受け入れられたかった。かりそめの安心でもどれだけ身に沁みて嬉しかったか。だからやめられなかった。好きになった彼女に対しても同じだたった。ただただ飛び続けた。彼女は特に面食いだった。調子が良ければ彼女は食いついた。調子が悪ければそれほど見向きもしなかった。大樹の気まぐれを恨むしかなかった。女に受け入れられることにおいて、俺にはこの果実の味しか知らなかった。これ以外に受け入れられる方法に努力はしなかった。慣れ親しんだ味にすがるしかなかった。別の味も探してみればよかったのに。もう少しやり方はあったかもしれないのに。大学1年生の冬休み。俺はこうして俺は高校生以来、再び果実をつかもうと飛び跳ね続けるようになった。高校3年生、浪人、大学1年の最初の頃は、飛び跳ねることをやめていたのに。確かにその時期、俺は女に受け入れられることは諦めていたかもしれない。他のことで受け入れられることに価値を置いていたと思う。だからだろうか、あの果実の強烈な味を、俺は求めなくなっていた。確かに俺は飛び跳ねなくなっていた。果実に目を奪われている時ないがしろにしている自分自身と、俺は必死に格闘していたのだ。その時期果実は必要なかった。しかし男は女を避けて通れない。俺は女で、女を求める道でつまずいた。女を求めるあまり、女に受け入れられることに価値を置くあまり、あの果実の味にすがりつくことになったのだ。飛び続けないではいられなくなったのだ。新しい恋は無念に終わった。その後の消息はほとんどわからない。あれだけ必死に飛んだのに、あれだけ願いを込めて飛んだのに。ずっと彼女の気をひくことはできなかった、大樹の気まぐれで受け入れられるかが左右された。俺はますます女を欲しくなった。人格改造のようなことも始めた。動画サイトでモテるための知識を身につけようとした。今度はトーク力も磨こうと思った。できるだけ大樹の気まぐれに左右されない、確実な方法を身につけたかった。自分自身にも目を向けた。動画の紹介するノウハウは通り一辺倒だった。一般的な人向けだった。俺はいうなら特殊な性格の人間だ。自分自身を治療しているようで、やはり大切なところには目をつぶった。生かそうとするのではなく、消すことに注力した。いろいろな出会いの場に出向いた。鏡を見る、昔よりは自分にこだわらなくなっていた。不確実な果実を振り切って、自己成長によって確実な安心を得ようとした。きっとこの手で掴み出すことができる形のある安心である。しかしマニュアルは自分の悪いところばかりに目を向かせた。自分がダメなところだらけのように思わせた。欠点を受け入れるのではなく、欠点を否定していた。
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