客観的にはどうかわからない。しかし俺は一度モテたという自覚があった。かっこよかったという自覚があった。休み時間にはいろいろなクラスから、そのクラスで一番可愛い女子たちがやってきた。用もないのにやってきた。俺のクラスのそんなに仲良くもないであろう女友達に、無理やり用事を作ってやってきた。自分の顔を売りに来た。お披露目しに来た。入っては帰り、入っては帰り、廊下から顔を出して誰かを呼んだりした。全て俺目的だと薄々気づいた。休み時間のたびに心が満たされた。廊下を歩くたびに胸が浮ついた。初めての味だった。なんと甘い蜜だろう。貪りついてた、心が満たされた。しかし幸福が充ち満ちた時のような、安心が染み渡るようなあの感覚とは逆の、これが幸せだこれが今感じている満足だと胸の中から取り出して見せることのできない、充ち満ちた光彩のようなもの、決して手で掴み取ることができないものであった。消えてはまた溢れ、消えては溢れを繰り返すこの光彩で高揚しては落ち込み、優越感を感じては不安感に襲われた。光に実体はない、気まぐれに消えた後にはいつも何も残らなかった。光に満たされる高揚感は簡単に忘れられなかった。それはあまりにも強すぎた。初めて女に受け入れられた経験がこの光だった。なおのこと忘れられなかった。もはや手放せなかった。これは麻薬と同じだった。その後、女に受け入れられたい時は決まって、この光に頼るようになった。光は気まぐれで充ち満ちたり、なくなったりした。地図は心の中に持っていた。たどり着くには光に頼るしかなかった。初めての発表会の日、新たに好きな人ができた。しっかり目を合わせて話した。同じ大学だった。とても可愛い子だった。とても気さくに話してくれた。全く問題なく俺を受け入れてくれた。男として魅力を感じた顔をしていた。俺は本来の自分、どうしようもなく間抜けで、変わっていて、本音を喋れば笑いは起きるが、常に人から軽蔑されるこの本来の俺の顔を隠すことに決めた。本来の自分で受け入れられるはずがないと思っていた。ハナからそれを諦めていた。諦めずに努力をしなさいとあるかもしれない。あれから3年以上たった今から見ても、やはり本来の自分を出してしまったら、ほとんどの女性は俺を軽蔑、少なくとも男としては除外するだろうと思う。しかし同時に、個性を強みにというように、仕事を頑張るなり、自分のキャラを生かすなりして存分に力を発揮すれば、今まで除外される原因となっていたこの自分のキャラのおかしさが魅力に、自分のプラス材料に変わるのではないかという期待も少しある。何れにしても、当時の俺にはそんなことは頭になかった。キャラを生かして仕事なりを頑張ることは先に繰り越していた。とりあえず今は学生だし自分のキャラは封印して、見た目だけを昔のようにかっこよくし、再び見かけだけによって、顔だけによって女に受け入れられる強みにしようとしていた。受け入れられたとしてもきっと、実体のない光が胸の中に充ち溢れるだけであった。俺は今まで、この光により得られる恍惚、禁断の果実を食べたことによる執着を強調してきた。麻薬はやめられない。仮にでも、実体はなくても女から受け入れられる喜びを味わうことができる果実の味わい、光の恍惚があまりにも強いため、それに頼らざるを得ないと思ってきた。果たしてそうだろうか。確かにその恍惚は強烈だろう。しかし、しっかりと重みのある幸福、ここに手にとって取り出して見せることのできる自信と満足の味わいはさらに強烈ではなかろうか。俺は、立ち向かうべき問題を先送りにし、手軽に人から受け入れられたいがために、気まぐれな鏡の中の自分に振り回されているだけなのではなかろうか。
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