「荻堂くん、つまり君はチョップド・オニオン抜きのコニードッグのオーダーだと承知していたにもかかわらずチョップド・オニオンをトッピングしてお客さまに出したというわけだね、しかも山盛りで。一応尋ねてやろうじゃないか。どういう了見なんだい?」と店長は僕に訊いた。店長は面接で僕と同じ干支だと話していたから四十四歳だと思う。彼は小太りで、すれ違った女性を絶対に振り向かせないって目的で創作されたと思われる目鼻立ちをしていて、頭が薄くて、腕毛が濃くて、青ひげで、そんでもっておまけにいつも頬や顎に新しい剃刀負けをつくるのに余念がない人だった。
僕はこう答えた。「コニードッグにチョップド・オニオンがトッピングされてないなんてあってはならないじゃないですか。『小顔に見せたいがために首を太く整形する』といったようなことに匹敵するくらいあってはならない」
「君の言うことはもっともだ」と言って店長は太い首を縦に振った。「私だってコニードッグにチョップド・オニオンがトッピングされてないなんて考えられない。気分屋の風向計に道を尋ねるくらいにね。ありえない。がしかし、すべての人がオニオンを好んでいるわけではないし、それにオニオンアレルギーの方だっていらっしゃるだろう。だからお客さまからチョップド・オニオン抜きのオーダーを承った場合、チョップド・オニオンをトッピングしてはならない。論じるまでもないことだ。チョップド・オニオンがトッピングしてくれって君に頼み込んできたわけじゃあないんだろう?」
哀願されました、と僕がジョークで応じると、店長は不快を覚えたのか顔をしかめた。で、それから僕はしばらく無言で店長と見つめ合ったあとこう言ったのさ。
「チョップド・オニオンって美味しいんだという気づきをお客さまに促すのも我々の使命なのではないかと。もしアレルギーの方だったらそのアレルギーを起こすものをあえて食べるナントカ免疫療法っていうのもあったんじゃないかなあ。まあ僕はブラックホールとおんなじで食物アレルギーがないからそのへんのことはよく分からないんですけど。それにしても、チョップド・オニオンを食べられない人生なんて悲劇ですね」
「もう分かった。お客さまに対する愛情が招いた行動だと君は言いたいわけだな、先週と同様に。先週マスタード抜きのホットドッグのオーダーがあったとき君は同じことをし、そして同じことを言った。違うのはそれがマスタードなのかチョップド・オニオンなのかということだけだ。荻堂くん、私はそのマスタードの件があったとき警告したはずだ。次はない、と。お客さまに対する君の愛情、それを否定してるわけじゃあないんだよ。正解がないのが正解であるという考えを正解とするのなら君のそれも正解なんだろう。だがしかし、この店で働く者はこの店の定めた正解に従ってもらわなければならない。なぜならそうしてもらわなければ店の運営が円滑に進まないからだ。店の運営と冠婚葬祭だけは円滑でなければならない。円滑に進まなくて楽しいのは恋愛だけだ。荻堂くん、悪いが君は今月いっぱいで退職してもらう、物覚えもよくないようだし。とにかく、猫の手も冷凍庫の中の手羽さえ借りたいくらいだから今月残り一週間、君なりのその愛は抑制して、つまりお客さまに愛情を持たないで作業に当たってくれたまえ!」
斯様なプロセスを経て僕はファストフード店(店名のスペルはAから始まってWで終わる例のあの店さ)のキッチンスタッフのアルバイトを一か月で解雇された。解雇されたことはもちろんショックだったけど、店長は僕の首を切りながら背中を押してくれたんだと僕は思った。「この店でアルバイトを始めた目的を思い出せ!」と店長に叱咤されたような気がしたんだ。
僕は何も金に困ってアルバイトを始めたわけじゃない。僕がそのファストフード店でアルバイトを始めた理由、それはずばり――ホールスタッフの聖良ちゃんをテークアウトする、そのためさ。テークアウトの方法については直接店内のカウンターからでもドライブスルーでも手段は問わない構えだった。
聖良ちゃんとの出会いの場面からきちんと話すとしよう。僕は彼女と出会った日、その日時を正確に覚えている。それは僕がそのファストフード店でアルバイトを始める四日前、二○一八年九月二十七日の午後八時だ。僕はその日、ドライブをしていた。それは渚ちゃんへの恋が終わった直後で、僕は車内で〈あれ以後の答えは、それ以前の問題〉という番組名のラジオをぼんやりと聴きながらタンポポの綿毛のように行き先を決めずに車を走らせていた。働くことになる二十四時間営業のそのファストフード店の看板と目が合っていなかったら、僕は自分が空腹だってことにも気がつかずそのまま本島北部の森のドアを叩いていたことだろう。
僕はファストフード店の駐車場に車を駐めて店内に入った。そして天使と対面することになった。そう、そのときカウンターで僕の注文を受けようと待ち構えていたのが聖良ちゃんさ。
僕は聖良ちゃんに一目惚れした。彼女は小麦色の肌をベースに澄んだ白目と白い歯とシャープな顎、そしてふくよかな胸までも所有していた。制帽であるハンチングを被っていたから髪型はしっかりと確認できなかったけど、これだけの顔立ちと体つきならルイサ・ディオゴ[注1]みたいな壮麗すぎる髪型でも構わないと思ったね(無論聖良ちゃんの髪型はルイサ・ディオゴ・ヘアじゃないよ。彼女の髪型は可愛らしいボブヘアだった)。
このときは時給制だって分かってなかったから、僕は彼女の報酬になればとドリンクも含めたすべてのメニューを一個ずつ注文した。そうして僕はカウンターにいる聖良ちゃんの姿がよく見える席に陣取り、仕事する彼女を眺めながら畳みかけるように運ばれてくるアメリカンフードをバケツリレーするような要領で胃に運んでいった。聖良ちゃんが運んできてくれたものから片付けていった。
一時間半くらいで全メニューを平らげてシンプソン一家と同じ家族構成の白人ファミリーと記念写真を撮ったあと、僕はふと店内の壁に目をやった。その壁には貼り紙が貼ってあった。アルバイト募集の貼り紙だった。僕は「これだ!」と思った。まだ聖良ちゃんの仕事ぶりを眺めていたかったのだけど、僕は店を後にした。
明くる日の朝、僕は店に電話をして、そしてその日の昼に面接をして(前日に全メニューを平らげた男がアルバイトの面接に来たから店長は驚いていた)、でその日の夜に採用するとの電話をいただいた。僕は三日後の月初めから働かせてもらえることになった。交通費は出ない上に出勤に車で五十分ほどかかることは(しかも高速道路に乗って!)僕を脅かすものでも何でもなかった。それらの事柄は恋の魔力によって僕の前ですでに野垂れ死んでいたのだ。
つづく
[脚注]
1.ルイサ・ディオゴ(モザンビーク共和国第4代首相)
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