以下は、今から二年前の思い出話となる。
二年前の自分は、荒くれ漁師共の怒鳴り声にビクビクしながら、自らもまた大声を荒げて蟹を売るというアルバイトをやっていた。
この日も、いつも通りバイトへと向かった……筈だったのだが、同じ日の朝、ふとした事から自分の感情は、正に怒り頂点という、何やら穏やかではない状態へと陥っていた。
往々にして、怒りに心を奪われると、本当にロクな事が無いし、良い事も起きない。
今朝の「空を焦がさんばかりの怒り」はそのまま後悔へと昇華し、天に昇り、雨となって自らに降り注ぐ結果となったのだ。
「ヤバイなあ、このままじゃ遅刻する……急がねば」
この時は、怒り、その事ばかりに気を取られた所為で、その他の重要な要素をすっかり失念してしまっていた。
そのせいで遅刻だなんて、馬鹿にも程がある。
だが、自分とて、足にはちょっとした自信がある。
バイト開始時間まであとわずかとは言え、自分にはお気に入りの歌を口ずさむ余裕すらあった。
「いける!間に合う!」
そう確信してバイト先のデパート前に到着したところで、自分は決して止めてはいけない足を止めた。
……ついてない。
朝っぱらから強敵に遭遇してしまった。
「募金お願いしま~す!」
「恵まれない子供に愛の手を!」
……その強敵とは、募金だった。
(くそ、なんだってこんな時に……!)
今すぐにでも走り出せば、まだ時間に間に合う。
しかし、ここに来て突如現れた自分の良心がそれを許さなかった。
……まだ残っていたのか……と驚くも束の間、良心は自分にこう諭してきた。
(これ、お前、昨日たまたまやった動物占いの結果を忘れたのか?羊であろう?肉から毛まで、全て人の為になってこそのお前ではないのか?募金にしてもそうだ。お前がたった一個のチロルチョコを我慢すれば、それだけで助かる命があるかも分からんのだぞ?)
こうなれば悪心も黙ってはいない。
(おい、お前!遅刻すんぞ?漁師に怒鳴られんぞ?いいじゃねえか、愛の手なんぞほっとけほっとけ!チョイナチョイナの合いの手入れとけばいいって!いいからそのまま行け!走れ!)
二つの本当にしょうもない感情がぶつかり合い、まさしくコンフリクト。
募金するか?走るか?するか?走るか?するか?走るか?するか?
「あ~~~~~~~!!!!もう!!!!」
こうなったら自棄だ。
自分はポケットから小銭入れを取り出し、十円玉一枚を、子供が抱える募金箱へ、ダンクシュートよろしく叩き込んだ。
(恵まれよ、そして生きよ!)
十円玉に恩着せがましい愛情を託しながら。
「ありがとうございま~す!」
……そして、自分は完全に遅刻した。
着いた頃には、蟹売り場は既に修羅場と化していた。
荒くれ漁師達の視線があちらこちらに突き刺さって、痛い。
「こら、バイト!のうのうと遅れて来やがって!」
「え、あ、いや、でも、良心がですね」
「そんな年にもなって両親と喧嘩か?ホラ、さっさと働け!客待ってんぞ」
良心と喧嘩、まあ間違ってないな、上手い、こりゃ一本取られた、ハハハ!
……とか何とか思って笑ってしまい、はたまた漁師に怒鳴られたのは言うまでもない。
やってくれたな、良心とやら。
でも、募金をしたからか、何だか清々しい気分だ。
わずかチロルチョコ一個分の愛の手で命が救われるなら、自分も本望だ。
ありがとよ、我が良心!
~この日の出費~
・電車賃往復 720円
・歳末助け合い募金 10円
そして……
・募金の心地よさ priceless
ちなみに……
・十円足りず帰りのバスに乗れなかった自分
Homeless
良心なんて、糞喰らえ!
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