「前書き。この魔法陣を、大切な人を失った全ての人に贈る……と!よおし、執筆終わったよ。ブランカ!」
スイセンのホッとしたような声が聞こえた。長い長い実験が、やっと終わる。再生されては殺される、悪夢のような実験が。
間違えたのは、約10年前のこと。
入学した魔法学園はとても広く、道に迷ってしまった。
「すみません、魔法陣部はどこです……」
「おお!入部希望者かい?あっちの教室だよ!」
人混みの中で1番目立っていた彼女が、スイセン。他の人より頭ふたつ分ほど背が高い。
連れられて入った教室でも、大勢の注目を集めた。
「私は部長のスイセン!分からないことがあればなんでも聞いてね!」
大きくてよく通る声。あんな人になりたいな、と思いながら入部届を書いた。
スイセンは美人で、よく笑う。
「急所はもっと……左。急所にさえ食らわなければ、長時間生き延びられる。」
優しくて、説明がわかりやすい。
「あ、ブランカ!君もこの店が好き?品揃えと色のセンスがいいよね。」
趣味が合う。いつもアロマの匂いがする。
ひよっこの私から見た彼女には、短所というものがなかった。彼女への憧れは恋心に変わって、勢いで告白。
「実は……私もちょっと気になってたんだ。」
「えっ!?……って、交際について気になってたわけじゃないですよね?」
「さぁ〜?どうかな、ふふ。」
「ちょっと!ちゃんと私の事も気にしてください!」
それから恋人、と言われて思いつくようなことは全てした。デートをして、食事もして、毎日話をして、恋人同士にしかできない行為もして。実験にのめり込みすぎて、約束をすっぽかされたこともある。それでも、一生懸命な彼女が好きだから許した。そして、彼女の過去……両親から暴力を受けて育ったことも知った。
「まぁ、あの人たちはもう償いをしたから。」
そう言って笑う彼女は、とても強くて美しく見えた。彼女といる時が、人生で一番楽しかった。
スイセンの卒業と同時に別れて、数年後。
誰かがうちの扉を叩いた。滅多にない訪問者、耳をそっとつけて様子を伺う。
「ブランカ、元気かい?おぉっと……急に開けると危ないよ。」
あの時のままのスイセンだった。話す時目が合うように屈む。よく笑う。大きいけど優しい声で、落ち着く匂いがする。
「魔法陣の実験を手伝える人がいなくなっちゃってね。」
「なら、私が手伝おっか?」
正直、期待していた。彼女の一番近くで、彼女のいちばん大切であろう実験を手伝いたい。そしてあの時の関係に戻りたい。スイセンはどういう思いだったんだろう?
「本当かい?助かるよ、では早速……来てくれ。」
彼女の杖から出た光が、私の胸を貫いた。
再生。
「再生時の消滅は無くなったんだが、実験体が逃げ出してしまって……ああ、再生しきれてないね。もう一度。」
殺害、再生。
「痛い?感覚麻痺効果も混ぜるか……」
殺害、再生。
「喋れないのか?心理的なものか物理的なものか分からないな……すまないが、少し解剖させてもらう。」
殺害、再生。
「心理的なものか……繰り返し蘇生しないように書いておこう。」
繰り返される実験の合間、彼女は夢を話した。
「実験が終わったら4人で暮らそう。前みたいに、暖かくて綺麗な家で、君の作ったご飯が食べたい。」
自分に手を上げない両親と暮らしたい。叶うことのない夢。私は、ゴミ達を生き返らせるためのただの材料。無駄だ、両親はまた同じことを繰り返す。以前何度も言ったことを、覚えてすらいない。ただ私を殺して生き返らせて、実験の反省点を呟いて、時々両親の骨を愛おしそうに撫でる。私の痛みは見ない。私の苦しみは理解しない。なら……同じ痛みを与えるしかない。彼女は知るべきだ。そんなもののために、何をしたのか。私にどれだけの痛みを強いたのか。
実験と執筆を終えたスイセンは、乾いた骨をふたつ魔法陣に乗せる。魔法陣の外に立ち、呪文を唱え始めた。今だ。
私はそっと歩き出す。気づく様子はない。振り向きもせず、熱心に呪文を唱えている。振り向け。気づけ。そんなバカ達の事なんか忘れて、本も捨てて、私に…………
ナイフが深く刺さった。肉と骨の感触、床に倒れ込んだ衝撃。彼女が私の顔をよく見られるように、体の向きを変える。急所を避けて、注意深く刺す。2回。3回。4回。
「……ブランカ……なん……で……」
5回、6回、7回、8回。
私は答えない。
9、10、11、12、13……
何回刺したか分からなくなった頃。彼女はとっくに息絶えていた。
「ご……めん……ブ……ラン……カ……」
彼女の最期の言葉は謝罪だった。
蘇生しないと。
蘇生して、二人で幸せに暮らす。でもまだ復讐が終わってない。何度も何度も殺して、生き返らせる。私と同じ目に。でもそれじゃ幸せになれない。憎い。大好き。同じ目にあって欲しい。私を見て。殺したい。また一緒に笑いたい。
中途半端に肉のついた、ゴミ達の骨を蹴り上げた。彼女の蘇生には必要ない。できるだけ乱雑に骨を取り除くと、魔法陣の中には彼女だけが残った。そのまま呪文詠唱をしよう。とにかく蘇生して、あとはそれから考えればいい。
血が体に戻る音、肉が再生する音。それとは別に、骨のミシミシと言う音も聞こえた。
おかしい。骨は切っていないから蘇生するまでもないはず。なら、どこから?
スイセンの体がやけに遠くて、どうなってるのかわからない。ここから見える全てのものが小さい。足元で蘇生中の彼女が蠢く。大丈夫だよスイセン。ここからは本なしでも言えそう。
もうすぐ、もうすぐで呪文が終わる。スイセンとまた二人で暮らせる。自分の心音と呪文を叫ぶ声が大きくなっていく。太陽と空が近い。
ぱち、と頬に痛みが走った。虫が飛んでいる?よく目を凝らすと、なびく布を纏っている、見覚えのあるシルエット。細い棒をこちらに向けている。あれは……杖?
きらり、と棒の先が光った。
「お姉さーん、この本と怪物について何か知ってますかー……ダメだこりゃ。泣いててお話にならん。」
「一気に聞いても答えられないんじゃ……あれ?怪物の足元……魔法陣があります。」
「ほお、魔法陣踏んでたからこうなったのか……わお、複雑。」
「本には……死者蘇生って書いてますね。この怪物も、蘇生すれば人間に戻るんじゃないでしょうか?」
「やめとけ、また怪物と戦いたいのか?おーい救護!こっちの女連れてけ!」
「……ごめん……ごめん、ブランカ……」
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